結論:DNAポリメラーゼがDNAを合成するにはMg²⁺が必要
PCRでは、DNAポリメラーゼという酵素を使ってDNAを増やします。
このDNA合成反応に必要なのが、Mg²⁺(マグネシウムイオン)です。
Mg²⁺は、DNAポリメラーゼがDNAを作るために必要な
補因子(cofactor)として働きます。
補因子とは、簡単に言えば、
「酵素が仕事をするために必要な助っ人」
のようなものです。
では、Mg²⁺は具体的に何を手伝っているのでしょうか。
それを理解するために、まずはDNAポリメラーゼがどのようにDNAを伸ばしているのかを見てみましょう。
DNAが1塩基伸びるとき、何が起こっている?
DNAポリメラーゼは、dNTPというDNAの材料を一つずつつないで、新しいDNA鎖を作っていきます。
dNTPには3つのリン酸があり、糖に近い方からα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)リン酸と呼ばれます。
また、糖(デオキシリボース)の炭素には1′~5′の番号が付けられています。DNAポリメラーゼによるDNA合成で特に重要なのが、3′の炭素についているOH(3′-OH)です。
DNAポリメラーゼは、この伸びているDNA鎖の「3′-OH」と、新しく入ってくるdNTPの「αリン酸」との間に新しい結合を作ります。

下記は、伸びているDNA鎖の末端に、新しくdTTPが取り込まれる場合を例に、DNAが伸びる仕組みを順を追って示したものです。

このとき、αリン酸は新しく伸びたDNA鎖に残り、βリン酸とγリン酸はPPi(ピロリン酸)として離れます。

こうしてDNA鎖が1塩基分伸びます。
この結合を3′-5′ホスホジエステル結合といいます。
ホスホジエステル結合って結局何?
DNAの骨格は、
糖―リン酸―糖―リン酸……
とつながっています。
このとき1つのリン酸が、隣り合う2つの糖を橋渡ししています。
簡単に表すと、
3′―O―P―O―5′
という構造です。
1つのリン酸が2か所で糖とエステル結合しているため、ホスホ(リン酸)+ジ(2つ)+エステル=ホスホジエステル結合と呼ばれます。
ここでようやくMg²⁺が登場する
ここまで、DNAポリメラーゼがどのようにdNTPをつないでDNA鎖を伸ばしていくのかを見てきました。
DNAポリメラーゼは、伸びているDNA鎖の3′-OHと、新しく取り込まれるdNTPのαリン酸との間に新しい結合を作ります。
しかし、この化学反応はDNAポリメラーゼだけではうまく進みません。
そこで必要になるのが、Mg²⁺です。
DNAポリメラーゼの活性部位では、Mg²⁺がDNAやdNTPと相互作用し、3′-OHとαリン酸の間に新しい結合を作る反応が進みやすい状態を作ります。
代表的な反応機構では、2つのMg²⁺が関与する「二金属イオン機構(two-metal-ion mechanism)」で説明されます。
簡単にいうと、一方のMg²⁺はDNA末端の3′-OHを反応しやすくすることに関与し、もう一方のMg²⁺はdNTPのリン酸部分や反応中に生じる負電荷を安定化し、反応が進むのを助けます。

細かい反応機構まで覚える必要はありません。
大切なのは、
Mg²⁺は単にDNAポリメラーゼを「元気にする」物質ではなく、DNAポリメラーゼの活性部位で、DNAを1塩基伸ばす化学反応そのものを助けている。
ということです。
Mg²⁺が少なすぎるとどうなる?
Mg²⁺は、DNAポリメラーゼによるDNA合成反応に必要な補因子です。
では、Mg²⁺が少なすぎるとどうなるのでしょうか。
Mg²⁺が不足するとDNAポリメラーゼによるDNA合成が十分に進まず、
- PCR産物が少なくなる
- 電気泳動でバンドが薄くなる
- 条件によってはバンドがほとんど見られない
といったことがあります。
じゃあMg²⁺は多いほどいい?
ここまで読むと、
「DNA合成に必要なら、Mg²⁺をたくさん入れればいいのでは?」
と思うかもしれません。
ところが、Mg²⁺は多ければ多いほどよいわけではありません。
ここには、DNAが持つ電荷も関係しています。
DNAの骨格にはリン酸基があり、負の電荷を持っています。
PrimerもDNAなのでマイナス、Template DNAもマイナスです。

同じマイナスの電荷を持つため、両者の間には反発する力が働きます。
一方、Mg²⁺はプラスの電荷を持つイオンです。
Mg²⁺などの陽イオンが存在すると、DNAの負電荷による反発が弱まり、PrimerとTemplate DNAが結合した状態が安定しやすくなります。
Mg²⁺が多すぎると特異性が低下することがある
Primerは、基本的には自分と相補的なTemplate DNAの配列に結合します。
しかし、Template DNAには、
「ほとんど合っているけれど、一部だけ合っていない」
という似た配列が存在することもあります。
このように塩基対が正しく対応していない部分をミスマッチといいます。
ミスマッチを含むPrimerとTemplate DNAの結合は、完全に相補的な場合より不安定になります。
ところがMg²⁺濃度が高くなると、DNA二本鎖が安定化する方向に働くため、本来なら外れやすいミスマッチを含む結合まで安定しやすくなることがあります。
その状態からDNA合成が進むと、目的とは異なるDNAまで増幅されることがあります。
これが非特異的増幅です。
イメージとしては、Mg²⁺がPrimerとTemplate DNAの**「のりの効き具合」に影響する**と考えると分かりやすいかもしれません。
ただし、実際にはMg²⁺はDNAポリメラーゼの活性やdNTPとの相互作用などにも関係しているため、これはあくまで理解しやすくするためのイメージです。
Mg²⁺濃度には「ちょうどいい」がある
ここまでをまとめると、Mg²⁺には適切な濃度があることが分かります。

PCRでは、
「とにかくたくさんDNAを増やす」
だけではなく、
「目的のDNAを選択的に増やす」
ことも重要です。
Mg²⁺濃度は、この増幅効率と特異性のバランスに影響する重要な条件の一つなのです。
でも普段、MgCl₂を入れていない気がする
ここまで読んで、
「PCRをやったことはあるけれど、MgCl₂なんて入れた記憶がない」
と思う人もいるかもしれません。
現在は、PCRに必要な成分があらかじめ混ぜられたMaster Mixがよく使われています。
製品によっては、
- DNAポリメラーゼ
- Buffer
- dNTP
- Mg²⁺
などが最初から含まれています。
その場合、自分でMgCl₂を加える必要はありません。
一方、Mg²⁺濃度を調整できるように、MgCl₂溶液が別になっている製品もあります。
そのため、PCRを行うときには、
「使用している試薬にMg²⁺が最初から含まれているのか」
をメーカーの説明書や組成表で確認することが大切です。
まとめ:結局、何を覚えればいい?
今回は、PCRでMg²⁺がなぜ必要なのかを、DNAが作られる仕組みから詳しく見てきました。
ただ、最初からαリン酸やホスホジエステル結合、二金属イオン機構まで、すべて覚える必要はありません。
まず押さえておきたいのは、次の3点です。
① Mg²⁺は、DNAポリメラーゼによるDNA合成に必要な補因子
② Mg²⁺が少なすぎるとDNA合成が十分に進みにくい
③ Mg²⁺が多すぎると特異性が低下し、非特異的増幅が起こりやすくなることがある
つまり、
Mg²⁺は「多ければいい」のではなく、適切な濃度で使うことが大切
ということです。
PCR反応液にMgCl₂が使われているのを見たら、
「DNAポリメラーゼがDNAを合成するために必要なMg²⁺を供給しているんだな」
と理解できれば、まずは十分です。
