PCRをして電気泳動してみたものの、
「目的の位置にバンドが出ない……」
そんなとき、PCR条件を見直す方法のひとつがアニーリング温度(annealing temperature)の調整です。
先日、いつもの条件でPCRを行い、電気泳動したところ、目的サイズ付近にバンドが確認できませんでした。
最初のPCRのアニーリング温度は60℃でした。
そこで、58℃、56℃、54℃と3種類の条件に温度を下げてPCRを行い、PCR産物をアガロースゲル電気泳動で比較しました。
すると、いずれの条件でも目的サイズ付近にバンドが確認できました。
先輩は電気泳動の結果を確認し、58℃で増幅したPCR産物を次の実験に使用しました。
ここで私は疑問に思いました。
「全部バンドが出ているなら、なぜ58℃を選ぶの?」
「一番濃いバンドが出た条件を選ばないの?」
実は、PCRでは単純に「たくさん増えればいい」というわけではありません。
今回は、PCRでバンドが出ないときにアニーリング温度を下げる理由と、複数の温度で増幅できた場合にどのように考えるのかを、初心者向けに整理します。
PCRのアニーリングとは?
PCRでは、大きく分けて次の3つの工程を繰り返してDNAを増幅します。
- Denaturation(変性)
- Annealing(アニーリング)
- Extension(伸長)
変性では、二本鎖DNAを熱によって一本鎖にします。
続くアニーリングでは温度を下げ、一本鎖になった鋳型DNAにプライマーを結合させます。
そして伸長工程では、結合したプライマーを起点としてDNAポリメラーゼが新しいDNA鎖を合成します。
つまりアニーリングは、
「プライマーに、増やしたいDNA配列を見つけてもらって結合してもらう工程」
と考えると分かりやすいと思います。
このとき重要になるのがアニーリング温度です。
👉PCRはどうやってDNAを増やすのか?変性・アニーリング・伸長反応をやさしく解説
アニーリング温度が高いとどうなる?
一般に、アニーリング温度を高くすると、プライマーと鋳型DNAの結合条件は厳しくなります。
ただし、これは必ずしも悪いことではありません。
温度が高い条件では、中途半端にしか相補的でない配列にはプライマーが結合しにくくなります。
そのため、
適切な範囲でアニーリング温度を高くすると、PCRの特異性を高めやすい
というメリットがあります。
一方、温度が高すぎると、今度は目的の配列に対してもプライマーが十分に結合できなくなります。
すると、
目的のPCR産物が少ない、あるいはバンドがほとんど見えない
ということが起こります。
アニーリング温度を下げるとバンドが出やすくなるのはなぜ?
反対に、アニーリング温度を下げるとプライマーと鋳型DNAが結合しやすくなります。
そのため、高いアニーリング温度では十分に増幅できなかったPCRでも、少し温度を下げることで目的産物が増えることがあります。
今回の例では、
60℃では目的バンドが十分に確認できなかった
ため、
58℃・56℃・54℃
と段階的に温度を下げてPCRを行いました。
これは、
「もう少しプライマーが結合しやすい条件にしたら、目的DNAを増幅できないだろうか?」
と確認しているわけです。
では、アニーリング温度は低いほどいいの?
ここで一つ疑問が出てきます。
温度を下げればプライマーが結合しやすくなるのであれば、
「もっと温度を下げれば、もっとPCR産物が増えるのでは?」
と思いますよね。
しかし、そう単純ではありません。
アニーリング温度を下げすぎると、プライマーが目的の配列だけでなく、よく似た別の配列にも結合しやすくなるからです。
すると、本来増幅したかったDNAとは異なるPCR産物まで増幅される可能性があります。
これが非特異的増幅(non-specific amplification)です。
電気泳動すると、目的サイズとは異なる位置に余計なバンドが現れることがあります。
つまり、
アニーリング温度が高すぎる
→ プライマーが結合しにくい
→ 目的産物が十分に増えない
一方、
アニーリング温度が低すぎる
→ プライマーが結合しやすい
→ 目的以外の配列まで増幅する可能性が高くなる
という関係があります。

※図はアニーリング温度による増幅の違いを示した模式図です。最適なアニーリング温度はプライマーやPCR条件によって異なります。
58℃・56℃・54℃すべてでバンドが出たら、どれを選ぶ?
今回、58℃・56℃・54℃でPCRを行い、電気泳動したところ、いずれの条件でも目的サイズ付近にバンドが確認できました。
では、どの条件を採用すればよいのでしょうか。
ここで重要なのが、
「PCRは、バンドが出れば出るほど良いわけではない」
という点です。
目的のPCR産物が十分に得られているのであれば、必要以上にアニーリング温度を下げるメリットはありません。
むしろ温度を下げることで、非特異的な配列まで増幅するリスクが高くなる可能性があります。
そのため今回のように、
- 58℃ → 目的バンドが得られた
- 56℃ → 目的バンドが得られた
- 54℃ → 目的バンドが得られた
という結果で、バンドの状態にも大きな問題がなければ、
目的産物を十分に増幅できる範囲で、より高い58℃を選択する
という考え方ができます。
もちろん実際の条件決定では、バンドの濃さだけでなく、非特異的バンドの有無や目的産物の用途なども含めて判断します。
「一番高い温度を機械的に選べばよい」という意味ではありません。
一番濃いバンドを選べばいいわけではない
初心者の立場では、電気泳動の結果を見ると、
「一番濃いバンドが出た条件が、一番良いPCR条件なのでは?」
と思ってしまいます。
しかし、PCRで重要なのは増幅量だけではありません。
例えば目的サイズのバンドが非常に濃くても、それ以外のサイズにも複数のバンドが出ていれば、目的以外のDNAも増幅している可能性があります。
一方、
目的サイズに明瞭なバンドがあり、余計なバンドが少ない
のであれば、より特異的に目的配列を増幅できていると考えられます。
特にPCR産物をその後の解析に使用する場合には、
「どれだけ増えたか」と「目的のものが選択的に増えているか」の両方を見る
ことが大切です。
アニーリング温度はプライマーのTmとも関係する
では、そもそもアニーリング温度はどのように決めるのでしょうか。
アニーリング温度を設定するときの重要な目安のひとつが、プライマーのTm(melting temperature:融解温度)です。
Tmとは、簡単にいうと二本鎖DNAの約半分が一本鎖になったときの温度を指します。
Tmについては別記事で詳しく解説しています。
👉プライマー設計で見るべき基本項目|長さ・Tm値・GC含量を初心者向けに解説
PCRのアニーリング温度は、使用するプライマーのTmなどを参考に設定します。
ただし、実際の最適温度はプライマー配列、PCR試薬、塩濃度、鋳型などさまざまな条件の影響を受けます。
そのため、
計算上の温度を決める → 実際にPCRする → 電気泳動で確認する → 必要なら温度を調整する
という流れで最適化することがあります。
今回の58℃・56℃・54℃という比較も、この「実際に増幅して確認する」という条件検討の一例です。
PCRでは「たくさん増える」だけではなく「目的のものを増やす」
今回、私が一番勉強になったのは、目的のバンドが出ない場合、アニーリング温度を見直すことで改善することがある、ということです。
そして、バンドが出たからといって、どの条件を採用してもよいわけではなく、条件を選ぶための考え方があることでした。
アニーリング温度を下げれば、プライマーは鋳型DNAに結合しやすくなります。
しかし、下げすぎれば目的以外の配列にも結合しやすくなります。
だからこそ、
目的のPCR産物が十分得られる範囲で、特異性も確保できる条件を探す
必要があります。
- 60℃で目的バンドが十分に得られなかったから温度を下げる。
- 58℃・56℃・54℃で目的バンドが確認できた。
- そして、十分な増幅が確認できた条件の中から58℃を採用する。
一見すると単純な温度変更ですが、そこには、
「増幅効率」と「特異性」のバランスを取る
というPCR条件検討の考え方がありました。
まとめ
PCRで目的のバンドが十分に得られない場合、原因のひとつとしてアニーリング温度が高すぎる可能性があります。
アニーリング温度を少し下げると、プライマーが鋳型DNAに結合しやすくなり、目的産物の増幅が改善することがあります。
しかし、温度を下げすぎると非特異的な増幅が起こりやすくなるため、
「低ければ低いほど良い」わけではありません。
今回のように58℃・56℃・54℃のすべてで目的バンドが確認できた場合も、単純に最も濃いバンドを選ぶのではなく、
目的産物が十分に増幅され、かつ非特異的増幅をできるだけ抑えられる条件
を選択することが重要です。
PCR条件を考えるときは、
「増えたか?」だけではなく、「目的のものがきれいに増えたか?」を見る。
この視点を持って電気泳動の結果を見ると、なぜアニーリング温度を調整するのかが分かりやすくなります。
