ddPCRでは、PCR反応液を約2万個の小さな液滴(ドロップレット)に分けてからPCRを行います。
初めて見ると、
- なぜ油を使うの?
- なぜ約2万個も作るの?
- 95℃まで加熱しても壊れないの?
など、さまざまな疑問が浮かびます。
この記事では、ドロップレットができる仕組みと、実際に私が感じた素朴な疑問を、初心者向けに分かりやすく解説します。
ドロップレットはどうやって作られるの?
ddPCRでは、専用のカートリッジに
- PCR反応液
- ドロップレット生成用オイル
をそれぞれ別のウェルへ入れます。
その後、ドロップレットジェネレーターにセットすると、カートリッジ内部の非常に細い流路(マイクロチャネル)でPCR反応液とオイルが合流します。
ここで圧力とオイルの流れによって、PCR反応液は細く引き伸ばされ、あるところで一滴ずつ切り離されます。
こうして、約2万個の均一なドロップレットが作られます。
つまり、ドロップレットジェネレーターは反応液とオイルを単純にかき混ぜているわけではなく、超細い流路の中で流れと圧力を利用し、反応液を一滴ずつ切り分けているのです。
イメージとしては、油の中へ超極細のノズルから水を押し出し、一滴ずつ水玉を作っているような仕組みです。

なぜ油を使うの?
水同士はすぐに混ざってしまいます。
そのままでは、小さく分けても液滴同士がくっつき、独立した状態を保つことができません。
そこで、ドロップレット生成用オイルを使います。
オイルがそれぞれのドロップレットの間を満たすことで、一粒一粒が独立した状態で存在できるようになります。
このおかげで、それぞれのドロップレットは独立した小さなPCR反応容器になります。
つまり、約2万本の超小型PCRチューブを一度に作っているようなイメージです。
オイルは多ければ多いほどいいの?
実はそうではありません。
ドロップレットを安定して作るためには、PCR反応液とオイルの量が適切な割合になるよう設計されています。
例えば、
- オイルが少ない
→ ドロップレットがうまく形成されないことがあります。 - オイルが多すぎる
→ 流路内の流れや圧力のバランスが崩れ、均一なドロップレットを作れない可能性があります。
そのため、「多ければ多いほど良い」というわけではなく、メーカーが指定した量を使用することが重要です。
ddPCRでは最初に約2万個の小部屋を作る
通常のPCRでは、1本のチューブの中でPCRを行います。
一方、ddPCRでは、PCR反応液を約2万個のドロップレットに分けます。
イメージとしては、大きな部屋を約2万室の小さな部屋に区切るようなものです。
この時点では、まだPCRは始まっていません。

なぜ約2万個に分けるの?
この約2万個という数は、DNAを十分に細かく分散させながら、安定して解析できるように最適化された数です。
もしドロップレットが少なすぎると、1つのドロップレットに複数のDNAが入りやすくなり、正確な定量が難しくなります。
反対に、多すぎると装置や解析の効率が低下してしまいます。
つまり、「2万個が絶対」というわけではなく、精度と実用性のバランスを考えて設計された数なのです。
DNAがランダムにドロップレットへ入る仕組み
PCR反応液を約2万個のドロップレットに分けると、反応液中のDNAも一緒に約2万個のドロップレットへランダムに分配されます。
ここで勘違いしやすいのですが、
「1つのドロップレットにDNAが必ず1本入る」わけではありません。
実際には、
- DNAが入っていないドロップレット
- DNAが1本(正確には二本鎖DNA 1分子)入ったドロップレット
- DNAが2本以上入ったドロップレット
が混在します。
例えば、
□ □ ■ □ □ □ ■ □ □ □ □ ■
- □:目的DNAが入っていない
- ■:目的DNAが入っている
という状態になります。
約2万個という非常に多くのドロップレットに分けることで、多くのドロップレットは空になります。
その結果、DNAが入るドロップレットも1本だけになる確率が高くなります。
※実際には、1つのドロップレットにDNAが2本以上入る場合もあります。
ddPCRでは、この影響をポアソン分布という統計学を用いて補正しています。
こちらは別の記事で詳しく解説します。
DNAが入ったドロップレットでは何が起こるの?
ドロップレットができた後、それぞれのドロップレットの中でPCRが行われます。
DNAが入っているドロップレットではPCRが進みます。
PCRが進むと、DNAに結合する蛍光プローブから蛍光シグナルが発生するため、DNAが入ったドロップレットだけが明るく光ります。
※蛍光プローブについては、別の記事で詳しく解説します。
一方、DNAが入っていないドロップレットでは目的DNAは増えないため、ほとんど光りません。
そのため、PCR終了後には、
- 光るドロップレット(陽性)
- 光らないドロップレット(陰性)
にはっきり分かれます。

マンションで例えると…
イメージすると、ddPCRは約2万室ある巨大なマンションのようなものです。
- 住人(DNA)はランダムに部屋へ入居します。
- そしてPCRが始まると、住人がいる部屋だけ明るくなります。
- 最後に管理人(ドロップレットリーダー)が約2万室を一部屋ずつ確認し、
「光っている部屋」と「光っていない部屋」を数えます。

この光っている部屋の数から、もともと試料中に存在していたDNA量を計算するのです。
つまり、ddPCRはDNAをたくさん増やして量を測る技術ではなく、「DNAが入っていたドロップレットの数」を数えることで、もとのDNA量を推定する技術なのです。
じゃあ1個ってどのくらい小さいの?
ddPCRでは、約20 µLのPCR反応液を約2万個のドロップレットに分けます。
すると、1個あたり約1ナノリットル(nL)という非常に小さな液滴になります。
この大きさは偶然ではありません。
約2万個の均一なドロップレットに分けることで、
- DNAがランダムに分散しやすい
- 各ドロップレットで安定したPCR反応が行える
- ドロップレットリーダーで正確に判定しやすい
といった条件を満たすように設計されています。
つまり、PCR反応液の量も、ドロップレットの数も、正確な測定を行うために最適化されているのです。
ドロップレットは全部同じ大きさなの?
はい。ドロップレットはほぼ同じ大きさになるように作られています。
そのため、それぞれのドロップレットはほぼ同じ体積となり、同じ条件でPCR反応が進みます。
もしドロップレットの大きさがバラバラだと、反応条件にもばらつきが生じ、正確な定量が難しくなります。
つまり、均一な大きさのドロップレットを作ることも、ddPCRの高い精度を支える重要なポイントなのです。
初心者が感じた素朴な疑問Q&A
ここからは、私がddPCRを初めて見たときに感じた疑問をまとめて紹介します。
同じように疑問を感じた方の参考になれば幸いです。
PCRで95℃まで加熱しても、ドロップレットは壊れないの?
結論から言うと、壊れないように設計されています。
ddPCRで使用されるオイルは、食用油のような一般的な油ではありません。
専用のフッ素系オイルと界面活性剤が使われており、
- 95℃
- 60℃
- 72℃
というPCRの温度変化を40サイクル近く繰り返しても、ドロップレット同士がくっついたり壊れたりしにくいように作られています。
もし途中でドロップレットが壊れてしまうと、それぞれ独立していたPCR反応が混ざってしまい、ddPCRの前提が崩れてしまいます。
そのため、メーカーは最後までドロップレットを安定して維持できることを重視して設計しています。
Q. ドロップレット作製に失敗したら、やり直しますか?
はい。やり直します。
ドロップレット生成後は、回収ウェルに白く濁った液体ができます。
しかし、液が十分に回収されていなかったり、白く濁っていない場合は、正常にドロップレットが作製されていない可能性があります。
その場合は、PCRを行わず、ドロップレット調製からやり直します。
なお、実際の研究現場では、プレートに空きウェルがあれば、やり直したサンプルを同じPCRに含めることもあります。ただし、この運用は研究室や実験計画によって異なります。
Q. ドロップレットが壊れても、PCRできれば問題ないのでは?
いいえ。
ddPCRでは、「どのドロップレットにDNAが入っていたか」を数えることが重要です。
ドロップレット同士が混ざってしまうと、その情報が失われ、正確な定量ができなくなります。
なお、ドロップレット形成不良や解析画面でどのように異常を判断するのかについては、別の記事で詳しく解説します。
Q. DNAが長すぎて、ドロップレットに入りきらないことはありませんか?
基本的には心配ありません。DNAは水溶液中で折れ曲がった状態で存在しており、PCRではその中のごく短い領域(100~200 bp程度)だけを増幅します。そのため、通常のddPCRでは「入りきらない」ということを意識する必要はありません。
まとめ
- ddPCRでは、PCR反応液を約2万個のドロップレットに分ける
- ドロップレットは、オイルと反応液を専用の流路で合流させて作る
- オイルは、ドロップレット同士が混ざらないようにする役割がある
- 目的DNAが入ったドロップレットだけでPCRが進む
- 最後に約2万個のドロップレットを読み取り、光る(陽性)か光らない(陰性)かを判定する
このように、ddPCRはDNAがどれだけ増えたかを見るのではなく、「DNAが入っていたドロップレットの数」を数えることで、もともとのDNA量を調べる技術です。
