PCRではなぜMg²⁺が必要?Na⁺・K⁺・Ca²⁺ではダメ?MgCl₂を使う理由

遺伝子検査

前回の記事では、PCRでなぜMg²⁺が必要なのかについて紹介しました。

Mg²⁺は、DNAポリメラーゼによるDNA合成反応に必要な補因子です。

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PCRではなぜMg²⁺が必要?DNAポリメラーゼとの関係をやさしく解説

ところが、この記事を書いているうちに、いろいろな疑問が出てきました。

  • 「なぜMg²⁺なの?」
  • 「Na⁺やK⁺ではダメなの?」
  • 「同じ2価のCa²⁺なら使える?」
  • 「そもそも、なぜMg²⁺ではなくMgCl₂を入れるの?」

今回は、前回の記事を書きながら疑問に思ったことを、備忘録としてまとめます。

PCRの実務には直接関係しない内容もあるので、雑学くらいの気持ちで読んでいただけたらと思います。

Na⁺やK⁺ではダメなの?

Na⁺やK⁺も、Mg²⁺と同じように正の電荷を持つイオンです。

それなら、

「Mg²⁺じゃなくてNa⁺やK⁺でもいいのでは?」

と思いませんか?

NaCl(塩化ナトリウム)なら、食塩の主成分としてもおなじみです。

しかし、これらのイオンには大きな違いがあります。

  • Na⁺ → 1価
  • K⁺ → 1価
  • Mg²⁺ → 2価

Mg²⁺は、単に「プラスの電荷を持っているから」使われているわけではありません。

DNAポリメラーゼの活性部位では、金属イオンが適切な位置に配置され、DNA鎖を伸ばす化学反応を助けています。

そのためには、電荷だけでなく、イオンの大きさや周囲の分子との結合のしかたなども重要です。

Mg²⁺は、こうした性質がDNAポリメラーゼの触媒反応に適しています。

つまり、

「マイナスの電荷を打ち消したいだけなら、プラスのイオンなら何でもいい」

という単純な話ではないのです。

Na⁺やK⁺もPCR反応液中のイオン環境を整えるうえで重要ですが、DNAポリメラーゼの触媒反応において、Mg²⁺の役割をそのまま代替することはできません。

では、同じ2価の陽イオンならどうでしょうか?

次は、Mg²⁺と同じ2価のCa²⁺について見てみます。

では、同じ2価のCa²⁺ならいいのでは?

Ca²⁺もMg²⁺と同じ2価の陽イオンです。

「Mg²⁺が2価だから使えるなら、Ca²⁺でもいいのでは?」

しかし、これも単純に電荷だけでは決まりません。

Mg²⁺とCa²⁺はどちらも「+2」ですが、イオンの大きさや水分子との相互作用、周囲の分子との結びつき方などが異なります。

その違いの一つとして、Ca²⁺はMg²⁺よりも大きなイオンです。

イメージとしては、駐車場を考えると分かりやすいかもしれません。

普通車用に設計された駐車スペースに、大型車を停めようとしても、うまく収まりません。
※ただし、この例はあくまでイメージです。

どちらも同じ「車」ですが、大きさが違えば、同じ場所で同じように扱えるわけではありません。

DNAポリメラーゼの活性部位でも、単に「+2のイオンなら何でもいい」のではなく、そこで反応に適した配置や相互作用を作れることが重要なのです。

ちなみに、MgとCaの原子番号は?

ここで少しだけ元素の話をすると、

  • Mg(マグネシウム):原子番号12
  • Ca(カルシウム):原子番号20

です。

MgとCaはどちらも周期表の2族に属する元素で、どちらも2価の陽イオン(Mg²⁺、Ca²⁺)になりやすいという共通点があります。

一方で、CaはMgより周期表の下に位置しており、電子殻の数も多くなります。

そのため、Ca²⁺はMg²⁺よりも大きなイオンです。

ただし、「原子番号が大きいほどイオンも大きくなる」という単純なルールではありません。

ここでは、同じ2族のMgとCaを比べると、Ca²⁺のほうが大きいと覚えておけば十分です。

じゃあNa⁺・K⁺・Mg²⁺・Ca²⁺を並べると?

ここまでの内容を整理すると、次のようになります。

イオン電荷PCRでの考え方
Na⁺+1反応液のイオン環境などに関係
K⁺+1Bufferなどに含まれ、イオン環境などに関係
Mg²⁺+2DNAポリメラーゼのDNA合成反応に重要
Ca²⁺+2Mg²⁺と同じ2価だが、通常Mg²⁺の代わりにはならない

ここで大事なのは、

Mg²⁺が使われているのは、単に「2価だから」ではない

ということです。

そもそも、なぜMg²⁺ではなくMgCl₂を入れるの?

ここで、もう一つ疑問が出てきます。

PCRに必要なのがMg²⁺なら、

なぜ「Mg²⁺」ではなく「MgCl₂」を入れるのでしょうか?

Mg²⁺は「+2」の電荷を持つイオンです。

そのため試薬として用意するときには、反対の電荷を持つイオンと組み合わせ、全体として電気的に中性な「塩」の形にします。

MgCl₂は、日本語では塩化マグネシウムと呼ばれる塩です。

Mg²⁺の「+2」に対して、Cl⁻(塩化物イオン)が2つあれば「-2」となり、全体として電荷が釣り合います。

そしてMgCl₂を水に溶かすと、

MgCl₂ → Mg²⁺ + 2Cl⁻

のように、Mg²⁺とCl⁻に分かれます。

PCRで重要なのは、主にこのうちのMg²⁺です。

つまり、

「PCRにMgCl₂そのものが必要」というより、「PCRに必要なMg²⁺を反応液に供給するためにMgCl₂を加えている」

と考えると分かりやすいでしょう。

そもそも「Mg²⁺だけが大量に存在する水溶液」は作れる?

ここまで勉強していて、こんな疑問も出てきました。

「じゃあ、Cl⁻を入れずにMg²⁺だけの水溶液を作ることはできないの?」

結論からいうと、普通の水溶液で、Mg²⁺だけを大量に存在させることはできません。

では、なぜでしょうか?

もし水の中にMg²⁺だけをどんどん加えていくと、溶液にはプラスの電荷がたまっていきます。

すると、その溶液は大きな正の電位を持つようになります。

正の電荷がたまればたまるほど、さらに同じ正の電荷を持つMg²⁺をそこへ加えるには、強い電気的な反発に逆らわなければなりません。

つまり、さらにMg²⁺を加えるために必要なエネルギーがどんどん大きくなっていくのです。

さらに、強くプラスに帯電した状態は、周囲のマイナスの電荷を強く引き寄せます。

そのため、普通の水溶液では、プラスとマイナスの電荷が巨視的にはほぼ釣り合った状態になります。

だから、

「コップ一杯の水の中にMg²⁺が大量にあるのに、それを打ち消す負電荷がどこにもない」

という状態を普通の水溶液として作り、維持することはできません。

ただし、Mg²⁺というイオンそのものが単独では存在できないわけではありません。

気相や真空中など、特殊な条件ではMg²⁺イオンそのものを扱うこともできます。

難しいのは、大量のMg²⁺だけを水溶液中に集めて、巨視的な正電荷を持った状態を維持することなのです。

Cl⁻が入っても大丈夫なの?

MgCl₂を入れれば、当然Cl⁻(塩化物イオン)も反応液に入ります。

しかし、Cl⁻はPCR反応液に存在してはいけない特殊なイオンではありません。

PCR Bufferには、KClなどの塩が含まれていることもあります。

大切なのは、

反応液全体として、適切なイオン条件になるように設計されていること

です。

そのため、適切な濃度で使用するのであれば、

「Mg²⁺が欲しいのに、Cl⁻まで入ってしまった!」

と心配する必要はありません。

MgCl₂は、水に溶かすことで、PCRに必要なMg²⁺を反応液へ供給できる扱いやすい塩の一つなのです。

だったらMgSO₄でもいいのでは?

そうなります(笑)。

実際、MgSO₄(硫酸マグネシウム)を使うPCR系もあります。

MgSO₄を水に溶かすと、

MgSO₄ → Mg²⁺ + SO₄²⁻

となり、Mg²⁺を供給することができます。

つまり、

「PCRには必ずMgCl₂でなければならない」

というわけではありません。

実際のPCRではMgCl₂が広く使われていますが、MgSO₄を使用する反応系もあります。

ちなみに、DNAポリメラーゼによってはMn²⁺など、Mg²⁺以外の2価金属イオンを利用できる場合もあります。
ただし、一般的なPCRではMg²⁺が標準的に使われています。

どのマグネシウム塩を使うかは、DNAポリメラーゼやBufferの組成など、そのPCR反応系に合わせて考える必要があります。

補足:Mg²⁺とdNTPの濃度バランスも重要

ここまでMg²⁺について見てきましたが、PCRではもう一つ知っておきたいことがあります。

Mg²⁺は、dNTPとも相互作用します。

dNTPにはマイナスの電荷を持つリン酸部分があり、Mg²⁺と結合します。

DNA合成では、DNAポリメラーゼ・DNA・dNTP・Mg²⁺などが関わり合いながら反応が進みます。

そして、このことはPCRの条件設定にも関係します。

dNTPが増えるとMg²⁺と結合する量も増えるため、自由に存在するMg²⁺(遊離Mg²⁺)の量にも影響します。

そのためPCRでは、Mg²⁺濃度だけを独立して考えるのではなく、dNTP濃度とのバランスも重要です。

結局、今回分かったこと

今回いろいろ調べてみて、私が一番勘違いしていたのは、

「Mg²⁺は+2の電荷を持っているから使われている」

という単純な話ではない、ということでした。

Mg²⁺は、

  • +2の電荷を持つ
  • 大きさや水分子との相互作用などが触媒反応に適している
  • DNAポリメラーゼの活性部位でDNA合成反応そのものに関わる

といった特徴を持っています。

だから、同じ正の電荷を持つNa⁺やK⁺では代わりにならず、同じ2価のCa²⁺でもMg²⁺と同じように働くわけではありません。

また、Mg²⁺だけが大量に存在する普通の水溶液を作ることはできないため、MgCl₂などのとして用意し、水に溶かしてMg²⁺を供給します。

そして、必ずMgCl₂でなければならないわけではなく、MgSO₄を使用するPCR系もあります。

つまり、

「プラスのイオンなら何でもいい」わけでも、「+2なら何でもいい」わけでも、「MgCl₂でなければならない」わけでもない。

ということですね。

PCR反応液に何気なく入っているMgCl₂ですが、調べてみると意外と奥が深い試薬でした。

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