PCRでは、DNAを増幅するために複数の試薬を混ぜて反応液を作ります。
私が初めて分子生物学の実験をしたときは、どれが何の試薬で、何のために使うのかもよく分かりませんでした。
この記事では、PCR反応液に何が入っているのか、それぞれの試薬が何をしているのかを初心者向けに整理します。
PCRに必要な材料
PCRで目的の領域のDNAを増幅するためには、基本的に次のような成分が必要です。

ただし、実際に使用する試薬の形は、製品やPCRの種類によって異なります。
あらかじめ混ざっている製品もある
例えば、BufferにあらかじめMg²⁺が含まれている製品もあります。
また、DNAポリメラーゼやdNTP、Bufferなど複数の成分があらかじめ混合されたMaster Mix(マスターミックス)やPremix(プレミックス)もあります。
プライマーも、Forward PrimerとReverse Primerをそれぞれ添加する場合もあれば、あらかじめ混合されたPrimer Mixを使用する場合があります。
さらに、リアルタイムPCR(qPCR)やddPCRでは、DNAの増幅を検出するために蛍光色素やプローブなどが加わる場合もあります。
そのため、実際の反応液の組成が必ずイラストと同じ形になっているとは限りません。
大切なのは、製品としてどのような形で用意されていても、PCR反応に必要な基本的な成分が何なのかを理解しておくことです。
① Template DNA:増やしたいDNAのもと
Template DNA(鋳型DNA)とは、PCRで増幅するときにコピー元となるDNAです。
例えば、血液や細胞、組織などから抽出したDNAをPCRに使用する場合は、その「抽出したDNA」がTemplate DNAになります。
私自身、初めてPCRを行ったときは、「抽出したDNAをなぜ突然Template DNAと呼ぶの?」と混乱しました。
Templateとは「鋳型」という意味です。
つまり、DNAそのものの種類を表しているのではなく、PCRで「コピー元として使うDNA」という役割を表した呼び方です。
そのため、抽出DNAだけでなく、プラスミドDNAやPCR産物などを鋳型として使用する場合も、それらがTemplate DNAになります。

たとえば、ある遺伝子の一部分をPCRで増幅したい場合、その遺伝子を含むDNAをTemplateとして反応液に加えます。
PCRではこのDNAを加熱して二本鎖から一本鎖に分け、そこへPrimerを結合させます。
DNAポリメラーゼは、その一本鎖DNAを鋳型として新しいDNA鎖を作っていきます。
👉PCRはどうやってDNAを増やすのか?変性・アニーリング・伸長反応をやさしく解説
② Primer:どこからどこまで増やすかを決める
PCRでは通常、
- Forward primer
- Reverse primer
という2種類のPrimerを使用します。

Primerは短い一本鎖DNAです。
では、なぜPrimerが必要なのでしょうか。
大きな理由は2つあります。
DNAポリメラーゼがDNA合成を始めるため
DNAポリメラーゼは、何もないところから突然DNAを作り始めることができません。
DNA合成を開始するための足場となる3’末端が必要です。
その足場を提供するのがPrimerです。
増幅したい場所を指定するため
Primerは、Template DNAの特定の配列に相補的に結合します。
Forward primerとReverse primerを増やしたい領域の両側に設計することで、
「この間のDNAを増やしてください」
と増幅範囲を指定できます。
つまりPrimerには、
DNA合成のスタート地点を作る
という役割と、
PCRで増幅する範囲を決める
という2つの重要な役割があります。
👉PCRで目的の長さのDNAが増えて見える理由|長いDNAはどこに行くの?
【失敗談】Forward Primerを2回入れてしまった話
実は私自身、かつて反応液調製表のとおりに調製したつもりが、Reverse Primerを入れるところにも誤ってForward Primerを入れてしまったことがあります。
つまり、Forward Primerを2回入れ、Reverse Primerを入れていませんでした。
そのため、目的とするDNA領域は正常に増幅されませんでした。
当時は「表に書いてある試薬を間違えずに入れる」ことに精一杯でしたが、Forward PrimerとReverse Primerの両方がなぜ必要なのかを理解していれば、もう少し早く間違いに気づけたかもしれません。
どの試薬が何のために入っているのか、そして、その試薬がなければPCR反応にどのような影響があるのかを理解しておくことが大切です。
👉PCR反応液の組成表とは?各試薬の添加量を計算する方法を初心者向けに解説
Primerでよく聞く「オリゴ」とは?
PCRのPrimerについて調べていると、「オリゴ」や「オリゴDNA」という言葉が出てくることがあります。
オリゴとは、oligonucleotide(オリゴヌクレオチド)の略です。
「oligo」には「少ない」という意味があり、オリゴヌクレオチドとは、少数のヌクレオチドがつながった短い核酸のことです。
PCRで使用するPrimerも、一般的には数十塩基程度の短い一本鎖DNAなので、オリゴヌクレオチドの一種です。
そのため、実験室ではPrimerのことを「オリゴ」と呼ぶことがあります。
ただし、
オリゴヌクレオチド=Primer
という意味ではありません。
オリゴヌクレオチドは「短い核酸」という物質としての呼び方で、Primerは「DNA合成の開始点として働く」という役割を表す呼び方です。
つまり、
短いDNA(オリゴヌクレオチド)を、PCRでDNA合成の開始点として使うとPrimerになる
と考えると分かりやすいでしょう。
例えば、短い合成DNAはPrimer以外にも、プローブなどとして利用されることがあります。
③ dNTP:新しいDNAを作る4種類の材料
dNTP(deoxyribonucleoside triphosphate)は、DNAを合成するための材料です。日本語では「デオキシリボヌクレオシド三リン酸」などと呼ばれます。

PCRでは通常、
- dATP
- dTTP
- dGTP
- dCTP
の4種類を使用します。
それぞれ、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の塩基を含むdNTPです。
DNAはA、T、G、Cという4種類の塩基を含むヌクレオチドが連なってできています。
DNAポリメラーゼはTemplate DNAの配列を読みながら、相補的になるようにdNTPを次々につなげていきます。
たとえばイラストではTemplate側にGがあるので、新しく作られるDNA側にはCが入ります。
次のTemplate側がTなのでAが入ります。かなり小さくて見づらいのですが、イラストをよく見るとGとC、TとAが向かい合っています。
このように、
Template DNAを見ながら、DNAポリメラーゼがdNTPをつないで新しいDNA鎖を作る
というのがPCRにおけるDNA合成の基本です。
PrimerとdNTPはどちらもDNAなの?
ここは少し混乱しやすいところです。
PrimerもDNAでできていますが、役割が違います。
Primerはすでに複数のヌクレオチドがつながった短いDNA鎖です。
一方、dNTPはこれからDNA鎖に組み込まれる1個ずつの材料です。
たとえるなら、
Primer=DNA合成を始めるための最初の足場
dNTP=そこから先を作っていくための材料
です。
👉DNA配列とは?|A・T・G・Cとbpを超初心者向けに解説
④ DNAポリメラーゼ:DNAを実際に合成する酵素
DNAポリメラーゼは、新しいDNA鎖を合成する酵素です。
Template DNAにPrimerが結合すると、そのPrimerの3’末端からDNAポリメラーゼがdNTPを順番につなげていきます。
つまり、
- Template DNA=コピー元
- Primer=スタート地点
- dNTP=材料
- DNAポリメラーゼ=材料をつなぐ酵素
という関係です。
PCRでは高温と低温を繰り返すため、一般的な生物由来のDNAポリメラーゼでは熱によって失活してしまうことがあります。
そこでPCRでは、Taq DNA polymeraseなどの耐熱性DNAポリメラーゼが利用されています。
Taq DNA polymeraseは、好熱菌 Thermus aquaticus に由来するDNAポリメラーゼです。
現在では用途に応じて、
- Taq DNA polymerase
- Hot Start Taq
- 高忠実度DNAポリメラーゼ
- 長鎖増幅向けDNAポリメラーゼ
など、さまざまなPCR用酵素が使用されています。
使用するDNAポリメラーゼによって、増幅効率や正確性、増幅できるDNAの長さなどが変わります。
👉Taq DNAポリメラーゼとDNAポリメラーゼの違いとは?PCRでTaqが使われる理由を解説
⑤ Buffer:DNAポリメラーゼが働きやすい環境を作る
PCRレシピを見ると、
10× Buffer
などと書かれていることがあります。
Bufferは日本語では「緩衝液」と呼ばれます。
では、何を緩衝しているのでしょうか。
代表的なのがpHの変化です。
酵素はどんな環境でも同じように働くわけではありません。
DNAポリメラーゼにも、活性を発揮しやすいpHやイオン環境があります。
Bufferには、反応液を適切なpHやイオン条件に保ち、DNAポリメラーゼが働きやすい環境を作る役割があります。
PCR用Bufferには製品によって、
- Tris系の緩衝成分
- KClなどの塩
- MgCl₂
- その他の安定化成分
などが含まれることがあります。
つまりBufferは、
DNAそのものの材料ではないけれど、PCRという反応がうまく進むための「環境」を整えるもの
です。
人が作業するときに、暑すぎたり寒すぎたりすると作業しにくいのと同じように、DNAポリメラーゼにも働きやすい環境があります。

ただし、Bufferが調整しているのは温度ではありません。主にpHやイオン環境など、反応液の化学的な環境です。
PCRの温度はサーマルサイクラーが制御し、Bufferは反応液の中をDNAポリメラーゼが働きやすい状態に整えている、と考えると分かりやすいでしょう。
⑥ Mg²⁺:DNAポリメラーゼが働くために重要
PCRではMg²⁺(マグネシウムイオン)も重要です。
多くの場合、MgCl₂という形で供給されます。
Mg²⁺はDNAポリメラーゼがdNTPをDNA鎖へ取り込む反応に必要な補因子として働きます。
つまりDNAポリメラーゼが存在していても、適切なMg²⁺がなければ十分にDNA合成を進めることができません。
ただし、Mg²⁺は多ければ多いほどよいわけではありません。
Mg²⁺濃度はPCRの増幅効率や特異性にも影響します。
条件によってはMg²⁺が多すぎると非特異的な増幅が起こりやすくなり、少なすぎると十分な増幅が得られなくなることがあります。
そのため、PCR条件を最適化するときにはMg²⁺濃度が検討されることもあります。
なお、市販のPCR試薬では、あらかじめBufferやMaster Mixに適切な濃度のMg²⁺が含まれている製品も多くあります。
なぜMg²⁺が必要なの?
DNAやdNTPには、リン酸基に由来する負の電荷があります。
Mg²⁺は2価の陽イオンで、DNAポリメラーゼの活性部位でdNTPをDNA鎖へつなぐ化学反応を助けます。
そのため、Mg²⁺が少なすぎるとDNA合成が十分に進みにくくなります。
一方、Mg²⁺が多すぎると、Primerが本来とは異なる配列にも結合しやすくなるなど、PCRの特異性が低下することがあります。
つまりMg²⁺は、「DNAポリメラーゼを働かせるために必要だから、とにかく多く入れればよい」というものではなく、適切な濃度が重要な成分です。
⑦ 水:ただ薄めているだけ?
PCR反応液では最後に水を加えて、
- Total 20 µL
- Total 25 µL
など、決められた反応液量に調整することがあります。
一見すると、水は単なる「かさ増し」のようにも見えます。
しかし、水を加えて最終液量を合わせることで、PrimerやdNTP、Bufferなどを目的の最終濃度に調整することができます。
そのため水も反応液調製には欠かせません。
また、PCRでは一般的に、ヌクレアーゼなどの混入リスクを抑えた分子生物学実験用の水を使用します。
実験室によって、
- Nuclease-free water
- PCR-grade water
- 滅菌水
など、使用する水の名称や種類は異なります。
使用する試薬やプロトコルで指定されている水を使うのが基本です。
まとめ
PCR反応液には、DNAを増幅するために必要な複数の試薬が入っています。
それぞれの役割を簡単に整理すると、次のような役割があります。

PCR反応液は、単に試薬をいくつも混ぜているわけではありません。
コピー元(Template DNA)があり、コピーする場所をPrimerで指定し、dNTPという材料をDNAポリメラーゼがつなげてDNAを作る。その反応がうまく進む環境をBufferやMg²⁺が整えている。
こう考えると、PCR反応液の構成がかなり理解しやすくなります。
PCRのレシピを見たときには、まず「何µL入れるか」を覚えるのではなく、それぞれの試薬が何のために入っているのかを考えてみると、濃度計算や反応条件についても理解しやすくなります。
