細胞を使った実験では、培養した細胞などをすぐに使わず、凍結保存することがあります。
そのときに使われるのが、細胞凍結保存液です。
今回は、細胞凍結保存液の一つであるバンバンカー(BAMBANKER)を例に、細胞を凍結保存する仕組みと、保存するときの注意点を解説します。
バンバンカーとは?
バンバンカーは、GCリンフォテックが製造・販売している市販の細胞凍結保存液です。
実験で扱う細胞は、必ずしも採取・分離したその日にすべて使用するとは限りません。
たとえば、血液からPBMC(末梢血単核球)を分離したあと、当日使用しない細胞や残った細胞を、後日の検査や実験のために凍結保存することがあります。
このような細胞を凍結・解凍によるダメージから守るために使われるのが、細胞凍結保存液です。
スタンダードタイプのバンバンカーは、
- Ready-to-use(そのまますぐ使える)
- 無血清
- 10% DMSO含有
- プログラムフリーザー不要
という特徴があり、自分で血清やDMSOなどを混ぜて凍結保存液を調製する必要がありません。
なお、細胞凍結保存液は市販品だけでなく、培地や血清、DMSOなどを組み合わせて自家調製する方法もあります。
では、そもそも細胞はなぜそのまま凍らせることができず、凍結保存液が必要なのでしょうか?
細胞を普通に凍らせるとどうなる?
以前、凍結された全血を扱ったときに、
「凍った全血からは、生きた細胞は取れないんだよ」
と教えてもらったことがあります。
そのとき私は、
「あ、細胞ってそのまま凍らせたら、多くの細胞は死んでしまうんだ」
と、初めて腑に落ちました。
では、なぜ細胞はそのまま凍らせるとダメージを受けるのでしょうか?
細胞の中には大量の水が含まれています。
そのため、細胞をそのまま凍結すると、細胞の内外に氷の結晶(氷晶)が形成されます。
大きな氷晶ができると、細胞膜や細胞内の構造を物理的に傷つけることがあります。
さらに、水が凍ると塩などの溶質はまだ凍っていない液体側に残るため、細胞外の溶質濃度が高くなります。
すると浸透圧の変化によって細胞内の水が外へ移動し、細胞は脱水・収縮してダメージを受けます。

つまり、細胞を凍結すると、氷晶による物理的なダメージだけでなく、脱水や浸透圧の変化によるダメージも起こるのです。
そのため、「細胞は冷凍庫に入れて凍らせれば保存できる」というほど単純ではありません。
そこで、凍結・解凍によるダメージから細胞を守るために使われるのが、凍結保護剤(cryoprotectant)です。
バンバンカーにはDMSOが入っている
スタンダードタイプのバンバンカーには、10% DMSOが含まれています。
DMSO(Dimethyl Sulfoxide:ジメチルスルホキシド)は、細胞の凍結保存でよく使われる凍結保護剤(cryoprotectant)です。
では、DMSOはどのように細胞を守っているのでしょうか?
DMSOは何をしているの?
DMSOには、細胞膜を通過して細胞内に入り込む性質があります。
細胞内外にDMSOが存在すると、水だけの場合とは凍り方が変わり、細胞にダメージを与える大きな氷晶の形成を抑える方向に働きます。
その結果、
大きな氷晶ができる
↓
細胞膜や細胞内の構造が傷つく
↓
細胞が死んでしまう
というダメージを減らすことができます。
イメージとしては、凍結によるダメージから細胞を守る「クッション」のような存在です。
ただし、DMSOには細胞毒性もあります。
濃度や温度、曝露時間によっては細胞にダメージを与えるため、DMSOを含む凍結保存液に細胞を懸濁したあとは、必要以上に放置せず、速やかに凍結操作を進めます。
解凍後も同様に、高濃度のDMSOにさらされる時間をできるだけ短くすることが大切です。
つまりDMSOは、凍結するときには細胞を守ってくれるけれど、長時間一緒にいたい物質ではないのです。
なお、細胞をDMSOだけに入れて保存するわけではありません。
従来から、培地+血清+DMSOなどを組み合わせた凍結保存液が使われています。
バンバンカーは、こうした凍結保存に必要な成分があらかじめ配合された、そのまますぐに使える凍結保存液です。
バンバンカーはなぜ「無血清」なの?
従来、細胞を凍結保存するときには、FBS(ウシ胎児血清)などの血清とDMSOを組み合わせた凍結保存液がよく使われてきました。
血清にはタンパク質などさまざまな成分が含まれており、細胞の保護に利用されます。
一方、血清は動物由来のため、ロットによる成分のばらつきなどを考慮する必要があります。
スタンダードタイプのバンバンカーは無血清の凍結保存液として調製されているため、自分でFBSなどの血清を加える必要がなく、そのまま使用できます。
ただし、「無血清」は「動物由来成分をまったく含まない」という意味ではなく、メーカーの説明書にはウシ血清由来の化合物を含むことが記載されています。
FBSとは何か、なぜ非働化することがあるのかについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
👉FBS非働化とは?|FBS・補体・56℃30分の意味を初心者向けに解説
バンバンカーなら、そのまま−80℃に入れていいの?
一般的な細胞の凍結保存では、細胞へのダメージを抑えるために、冷却速度をコントロールしながら徐々に温度を下げる方法があります。
冷却が速すぎると細胞内に氷晶ができやすくなり、遅すぎると脱水や溶質濃度の上昇によるダメージが大きくなるためです。
そのため、専用の凍結処理容器やプログラムフリーザーなどを使って、冷却速度を調整する方法があります。
一方、スタンダードタイプのバンバンカーは、プログラムフリーザーによる予備凍結が不要とされています。
メーカーの使用方法では、細胞をバンバンカーに懸濁して凍結保存用チューブに入れ、予備凍結を行わず、そのまま−80℃のディープフリーザーで凍結保存することができます。
また、スタンダードタイプのバンバンカーは−80℃で長期間保存することが可能です。
そのため、−80℃で凍結したあと、必ず液体窒素へ移さなければならないわけではありません。必要に応じて、−80℃で凍結保存した細胞を液体窒素へ移して保存することもできます。
ただし、細胞の種類や凍結前の状態によって、凍結・解凍後の生存率は変わります。
実際に使用する細胞に適した保存条件を確認することが大切です。
細胞を凍結保存するときの注意点
バンバンカーを使えば細胞の凍結保存は簡単になりますが、それでもどんな状態の細胞でも同じように保存できるわけではありません。
特に重要なのが、凍結する前の細胞の状態です。
メーカーの使用方法でも、培養細胞については対数増殖期の細胞を使用することが、凍結後の生存率を高めるうえで重要とされています。
凍結保存液に入れれば弱った細胞が元気になるわけではないため、できるだけ状態のよい細胞を凍結することが大切です。
保存する細胞数にも注意する
もう一つ確認しておきたいのが、保存する細胞数です。
スタンダードタイプのバンバンカーの使用方法では、
5×10⁵~1×10⁷ cellsを1 mLのバンバンカーに懸濁する
とされています。
ただし、適した細胞数や保存条件は細胞の種類などによって異なる場合があるため、実際に保存するときには使用する製品の説明書や、それぞれの細胞に適した方法を確認しましょう。
1 mLで凍結しておくと、解凍後の計算もしやすい
細胞を1 mLの凍結保存液で保存しておくと、解凍後の細胞数を計算するときにも便利です。
たとえば、1 mLで凍結していた細胞を解凍し、9 mLの培地に加えると、
1 mL + 9 mL = 10 mL
になります。
全量が10 mLなので、細胞濃度が2×10⁶ cells/mLなら、
2×10⁶ cells/mL × 10 mL = 2×10⁷ cells
と、全体の細胞数を簡単に計算できます。
もちろん、解凍後の培地量や処理方法は細胞やプロトコルによって異なります。
なぜ細胞をやさしく懸濁するの?
細胞をバンバンカーに懸濁するときは、強くピペッティングせず、やさしく混ぜることが大切です。
では、なぜでしょうか?
細胞は細胞膜に包まれた、とても小さくデリケートな構造をしています。
強く何度もピペッティングすると、液体の流れによる機械的なストレス(shear stress:せん断応力)が細胞にかかり、細胞膜などにダメージを与える可能性があります。
また、勢いよくピペッティングすると液が泡立つことがあります。
泡ができると細胞が空気と液体の境界である気液界面にさらされやすくなるため、細胞を扱うときには必要以上に泡立てないようにします。
特に注意したいのが、遠心後にできた細胞のペレットです。
ペレットが固くまとまったままバンバンカーを加えてしまうと、細胞を均一に懸濁するために、バンバンカーの中で何度もピペッティングすることになってしまいます。
しかし、スタンダードタイプのバンバンカーにはDMSOが含まれています。
DMSOを含む凍結保存液に細胞を入れたあとは、必要以上に長時間放置したり、強い操作を繰り返したりせず、速やかに凍結操作へ進むことが大切です。
そのため、固い細胞ペレットを扱う場合には、凍結保存液を加える前にできるだけほぐしておき、バンバンカーを加えたあとは、細胞が均一になるようにやさしく懸濁します。
つまり、
バンバンカーを入れてから、力いっぱい細胞をほぐすのではありません。
凍結前の細胞に余計なダメージを与えず、できるだけ良い状態のまま凍結する。
これも、解凍後に生きた細胞をできるだけ多く回収するための大切なポイントです。
解凍するときは「速やかに」
凍結細胞は、恒温槽などを使って速やかに解凍します。
では、なぜゆっくり解凍してはいけないのでしょうか?
理由の一つが、氷晶によるダメージです。
ゆっくり温めると、解凍途中に小さな氷晶が大きな氷晶へ成長する「再結晶化」が起こり、細胞膜や細胞内の構造を傷つけることがあります。
また、DMSOは温度が上昇すると細胞への影響が大きくなるため、解凍後も高濃度のDMSOにさらされる時間をできるだけ短くします。
解凍した細胞はトリパンブルーでカウントする
凍結保存した細胞を解凍したあとは、細胞数だけでなく、どのくらいの細胞が生きているのかも確認します。
そのときによく使われるのが、トリパンブルー(Trypan Blue)です。
トリパンブルーを使うと、生きている細胞と死んでいる細胞を見分けながらカウントし、生細胞数や生存率(viability)を確認できます。
では、なぜトリパンブルーで生細胞と死細胞を見分けられるのでしょうか?
詳しい原理や細胞の数え方については、こちらの記事で解説しています。
👉 細胞カウントの染色液まとめ|チュルク液・トリパンブルー・PBSの違いと使い分け
バンバンカーには種類がある
バンバンカーシリーズには、この記事で紹介してきたスタンダードタイプのほかにも、バンバンカー Directやバンバンカー DMSO Freeなどがあります。
バンバンカー Directは、培養中の細胞に直接加えることで、遠心して細胞を回収する工程を省略できるタイプです。
一方、バンバンカー DMSO Freeは、その名前のとおりDMSOを含まない凍結保存液です。
そのため、「バンバンカー=必ず10%DMSO」ではありません。
製品によって組成や使用方法が異なるため、使用するバンバンカーの種類を確認してから使用しましょう。
まとめ
バンバンカーは、細胞を凍結によるダメージから守りながら保存するための細胞凍結保存液です。
スタンダードタイプには10%DMSOが含まれており、メーカーの基本手順では、プログラムフリーザーによる予備凍結を行わず、そのまま−80℃で凍結保存できます。
ただし、細胞凍結の目的は、単に「細胞を凍らせること」ではありません。
解凍したあとも、生きた細胞として再び実験に使える状態で保存することが目的です。
そのためには、凍結前の細胞の状態や細胞数だけでなく、バンバンカーを加えたあとの扱い方や解凍方法にも注意する必要があります。
普段何気なく行っている操作でも、
「これ、そもそも何のためにやっているんだろう?」
と考えてみると、一つ一つの操作の意味が見えてきます。
