DNAを扱う実験でよく登場するのが、TE buffer(TEバッファー)です。
DNAの溶解や保存に使われますが、
TEって、そもそも何が入っているの?
と聞かれると、意外と説明するのが難しいかもしれません。
TEは、TrisとEDTAからなる、とてもシンプルなバッファーです。
この記事では、TEバッファーとは何か、なぜDNAの保存に使われるのかを初心者向けに解説します。
TEバッファーとは?
TEは、
T:Tris(トリス)
E:EDTA(エチレンジアミン四酢酸)
の頭文字を取ったものです。
つまりTE bufferは、TrisとEDTAを主成分とする、とてもシンプルなバッファーです。
製品や用途によって組成やpHは異なりますが、代表的なTE bufferでは、
- 10 mM Tris-HCl
- 1 mM EDTA
- pH 8.0前後
といった組成が使われます。
では、なぜDNAを保存するためにTrisとEDTAを加えるのでしょうか?
その理由を、それぞれの成分から見ていきましょう。
Trisとは?
Trisは「何かを混ぜた液体」の名前ではなく、それ自体が一つの有機化合物です。
正式名称は
tris(hydroxymethyl)aminomethane
(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)
分子式は C₄H₁₁NO₃ です。
構造はざっくり、以下のようになります。

つまり中心の炭素に、
- −CH₂OH(ヒドロキシメチル基)が3つ
- −NH₂(アミノ基)が1つ
くっついた構造です。
だから名前もそのままで、tris(3つの)hydroxymethyl(ヒドロキシメチル)+ aminomethaneなんですね。
そしてTEで重要なのは、この中の−NH₂です。
アミノ基の窒素にはH⁺を受け取ることができる非共有電子対があります。
(HOCH₂)₃C−NH₂ + H⁺ ⇄ (HOCH₂)₃C−NH₃⁺
となります。
だからTrisは弱塩基として働き、TrisとTrisH⁺の組み合わせによって、pHの急激な変化を抑えることができます。

要するに、
Trisとは、 アミノ基を持った低分子の有機化合物で、そのアミノ基がH⁺を受け取れるから緩衝剤として使える
ということです。
Trisはなぜ生物学実験でよく使われるの?
Trisの共役酸であるTrisH⁺のpKaは、25℃で約8.1です。そのためTrisは、中性付近から弱アルカリ性のpH領域で緩衝作用を発揮しやすいという特徴があります。
DNAやタンパク質などを扱う生命科学実験では、中性付近〜弱アルカリ性の条件が用いられることも多く、TrisはさまざまなBufferに利用されています。
また、TrisはHClなどの酸と組み合わせて目的のpHに調整できます。Tris-HClのほか、TAEやTBEなど、生命科学ではTrisを含むさまざまなBufferが使われています。
TE bufferもその一つです。特にDNAの保存ではpH 8前後がよく使われるため、このpH領域の緩衝に適したTrisが利用されています。
なぜDNAを保存するときにpHを安定させるの?
DNAは比較的安定した分子ですが、どんな環境でも同じように安定しているわけではありません。
特に酸性条件では、DNAを構成する塩基のうち、アデニン(A)やグアニン(G)などのプリン塩基がDNAから外れる「脱プリン反応(depurination)」が起こりやすくなります。
塩基が失われると、その部分には塩基のない部位(AP site)が生じ、さらに条件によってはDNA鎖の損傷につながることがあります。
そこでTE bufferではTrisを使って、pHが大きく変化しにくい環境を作ります。
イメージとしては、
pHが酸性側に傾く
↓
DNAの脱プリン反応などが起こりやすくなる
↓
TrisでpHの変化を抑える
↓
DNAを安定して保存しやすくする
ということです。
つまりTrisは、
DNAそのものを直接守っているのではなく、DNAが安定して存在しやすいpH環境を維持する
役割を担っています。
EDTAとは?
次に「E」のEDTAです。
EDTAは、
Ethylenediaminetetraacetic acid
(エチレンジアミン四酢酸)
の略です。
EDTAの大きな特徴は、金属イオンと強く結合できることです。
EDTAは分子の中に、金属イオンと結合できる部分を複数持っています。そのため、1個の金属イオンを囲い込むようにして結合することができます。
このように金属イオンをつかまえる働きを、キレート作用といいます。
EDTAはMg²⁺だけをつかまえる物質ではありません。Ca²⁺やFe³⁺、Zn²⁺など、さまざまな金属イオンと錯体を形成します。
身近な例が、EDTA採血管です。
EDTA採血管では、血液凝固に必要なCa²⁺をEDTAがキレートすることで、血液が固まるのを防いでいます。
そしてTE bufferで重要になるのが、DNA試料中などに存在し得るMg²⁺やCa²⁺などの二価金属イオンです。
「Mg²⁺って、どこかで見たぞ?」
と思った人もいるかもしれません。
PCRでも、Mg²⁺はDNAポリメラーゼがDNAを合成するために必要な重要なイオンです。
ところがTE bufferでは、EDTAがMg²⁺などの金属イオンをつかまえることに意味があります。
なぜ金属イオンをつかまえることが、DNAの保存につながるのでしょうか?
EDTAが金属イオンを捕まえると、なぜDNAを守れるの?
DNAを保存するときに気をつけたいものの一つが、DNase(デオキシリボヌクレアーゼ)です。
DNaseとは、DNAを切断・分解するヌクレアーゼ(核酸分解酵素)の一種です。
生体内では、不要になったDNAの処理など、DNAを分解することにも意味があります。
しかし、せっかく抽出して保存したDNAが分解されてしまっては困ります。
DNA試料には、試料由来のヌクレアーゼ(核酸分解酵素)が残っていたり、操作中に混入したりする可能性があります。
そしてDNaseの中には、酵素として働くためにMg²⁺やCa²⁺などの二価金属イオンを必要とするものがあります。
そこでEDTAの出番です。
EDTAがこれらの金属イオンをキレートすると、DNaseが利用できる金属イオンが減ります。
EDTA
↓
Mg²⁺やCa²⁺などをキレートする
↓
金属イオン依存性のDNaseが働きにくくなる
↓
DNAの分解を抑えやすくなる
つまりEDTAは、DNAを直接保護しているのではなく、DNAを分解する酵素が働きにくい環境を作ることで、DNAを保存しやすくしているのです。
TEは2つの方法でDNAを守っている
ここまでを整理してみましょう。
TEには、
Tris
→ pHの変化を抑える
EDTA
→ Mg²⁺やCa²⁺などの金属イオンをキレートし、金属イオンを必要とするDNaseを働きにくくする
という2つの役割があります。
つまりTE bufferは、
pHを安定させる + DNA分解酵素が働きにくい環境を作る
という2つの方向から、DNAを安定して保存しやすくしているわけです。
非常にシンプルな組成ですが、ちゃんと意味があります。
では、DNAを水に溶かしてはいけないの?
ここまで読むと、
「DNAって水に溶けるんだから、水でよくない?」
という疑問も出てきます。
実際、DNAはヌクレアーゼフリー水などに溶解して使用することもあります。
ただし、水にはTEのように、
- pHの変化を抑える
- Mg²⁺やCa²⁺などの金属イオンをキレートする
といった働きはありません。
そのため、DNAを安定して保存することを重視する場合には、TE bufferが使われることがあります。
では、TEの方がDNAの保存に適しているなら、いつでもTEを使えばよいのでしょうか?
実はそうとも限りません。
TEに含まれるEDTAが、その後の実験に影響することがあるからです。
プライマー・プローブの希釈は水?TE?
TE bufferは、抽出したDNAだけでなく、PCRで使用するDNAプライマーやDNAプローブなどのオリゴヌクレオチドの溶解・保存に使われることもあります。
プライマーやDNAプローブも核酸なので、TrisによってpHを安定させ、EDTAによって金属イオンをキレートできるTEには、安定して保存しやすいというメリットがあります。
しかし、ここで一つ疑問が出てきます。
「EDTAがMg²⁺をつかまえるなら、PCRに使うプライマーやプローブをTEに溶かして大丈夫なの?」
PCRでは、DNAポリメラーゼが働くためにMg²⁺が必要です。
そのため、TEに含まれるEDTAを反応液へ多く持ち込むと、PCRに影響する可能性があります。
一方、ヌクレアーゼフリー水にはEDTAが含まれていないため、プライマーやプローブの溶解・希釈に水が使われることもあります。
つまり、
- TEを使う
→ 核酸を安定して保存しやすい - 水を使う
→ EDTAを後の反応に持ち込まない
という、それぞれの特徴があります。
私自身、以前PCRで使用するプライマー・プローブミックスを調製するときに、
「原液を希釈するのは水だっけ? TEだっけ?」
と、ど忘れしてしまったことがあります。
私自身、これまでの実験では、水を使う場合もあれば、TEを使う場合もありました。
当時は単なる「手順の違い」として覚えていましたが、TEについて調べてみると、核酸の保存性と後続反応への影響の両方を考える必要があることが分かりました。
そのため、「核酸だから必ずTE」「PCRに使うから必ず水」と単純に決められるものではありません。
実際にプライマーやプローブを溶解・希釈するときには、メーカーの推奨条件や使用する実験系のプロトコールに従います。
Low TEとは?
EDTAによる後続反応への影響を小さくするために使われることがあるのが、Low TE(低EDTA TE)です。
例えば、一般的なTE bufferではEDTAを1 mM含むのに対し、Low TEでは0.1 mM程度に抑えた製品・組成があります。
EDTA濃度を低くすることで、
- TrisによってpHを安定させる
- EDTAによって金属イオンをキレートする働きを残す
- PCRなど後続の酵素反応への影響を小さくする
というバランスを取っています。
そのため、PCRなどに使用するDNAの保存にLow TEが使われることもあります。
つまり、「TEなら何でも同じ」ではなく、EDTA濃度にも意味があるのです。
なお、Low TEの組成は製品によって異なるため、使用する製品の組成を確認してください。
まとめ
TE bufferとは、TrisとEDTAを主成分とする緩衝液です。
DNAの溶解や保存などに広く使われています。
TrisはpHの変化を抑え、DNAを安定した環境に置く役割があります。
一方、EDTAはMg²⁺などの金属イオンをキレートし、金属イオンを必要とするDNaseなどの働きを抑えることで、DNAの分解を抑えるのに役立ちます。
ただし、EDTAはPCRなどで必要となるMg²⁺もキレートします。
そのため、後でどのような実験に使うかによって、通常のTE、Low TE、ヌクレアーゼフリー水などを使い分けることも重要です。
普段何気なく使っている「TE」。
しかし、TとEについて調べてみると、DNAを安定して扱うための工夫が詰まったBufferであることが分かりました。
