【結論】FBS非働化とは、FBS中の補体などを熱で働きにくくする処理
FBS非働化とは、FBSを56℃で30分ほど加温し、補体などの熱に弱い成分を働きにくくする処理のことです。
FBSは、細胞培養や免疫系の実験でよく使われる血清です。
ただし、FBSの中には、細胞や実験結果に影響する成分も含まれています。
その代表が、補体です。
補体は免疫に関わるたんぱく質群で、条件によっては細胞を傷つけたり、免疫反応に影響したりすることがあります。
そのため、補体の影響を避けたい実験では、FBSをあらかじめ加温して補体の働きを弱めることがあります。
これが、FBSの非働化です。
FBSとは?
FBSとは、Fetal Bovine Serumの略で、日本語ではウシ胎児血清と呼ばれます。
細胞培養では、培地にFBSを加えることがあります。
FBSには、細胞の増殖や生存を助けるさまざまな成分が含まれています。
たとえば、
- 成長因子
- ホルモン
- たんぱく質
- 接着や増殖を助ける成分
- 細胞の状態を安定させる成分
などです。
細胞にとってFBSは、培地に加える「栄養補助」のような存在です。
ただし、FBSは化学的に成分が完全に決まった試薬ではありません。
動物由来の血清なので、ロットによって成分に差が出ることがあります。
そのため、同じFBSでもロットが変わると、細胞の増え方や実験結果に違いが出ることがあります。
なぜFBSは牛の胎児血清なのか?
FBSは、牛の胎児由来の血清です。
つまり、生まれた後の子牛ではなく、母牛のお腹の中にいた胎児から得られる血液を原料としています。
胎児由来の血清は、細胞の増殖や生存を助ける成分を含み、抗体などの影響が比較的少ないとされています。
そのため、多くの哺乳類細胞を培養するときに使いやすい血清として、広く使われてきました。
ほかの動物の血清が使えないわけではありません。
実験によっては、ウマ血清、ヒト血清、成牛血清などが使われることもあります。
ただし、FBSは多くの細胞培養で使われてきた歴史があり、論文やプロトコルでも指定されることが多いため、標準的な血清として広く使われています。
一方で、FBSは動物由来であり、胎児由来でもあります。
そのため、近年はFBSを使わない培地や、成分が明確な培地、FBS代替品も検討されています。
FBSは便利な試薬ですが、その由来も理解したうえで使うことが大切です。
補体とは?
補体とは、血液中に存在する免疫に関わるたんぱく質の集まりです。
補体は1種類の物質ではなく、複数のたんぱく質が連鎖的に働く仕組みです。
体の中では、細菌などの異物を攻撃したり、免疫反応を助けたりする役割があります。
補体が働くと、
- 異物に目印をつける
- 免疫細胞が異物を見つけやすくする
- 細胞膜に穴をあける
- 炎症反応を助ける
といった反応が起こります。
体の中では大事な仕組みですが、実験の中ではこの働きが邪魔になることがあります。
たとえば、細胞を扱う実験で補体が働いてしまうと、細胞が傷ついたり、反応が変わったりする可能性があります。
そのため、補体の影響を避けたい場合に、FBSを非働化してから使うことがあります。
なぜ56℃30分なのか?
FBS非働化でよく使われる条件は、56℃で30分です。
これは、補体が熱に弱いためです。
補体はたんぱく質なので、一定の温度で加温すると構造や働きが変化します。
そのため、56℃程度で一定時間加温することで、補体の働きを弱めることができます。
一方で、FBSには細胞の増殖や生存を助ける大事な成分も含まれています。
温度が高すぎたり、加温時間が長すぎたりすると、補体だけでなく、FBS中の有用な成分まで変化してしまう可能性があります。
つまり、56℃30分は、
補体は弱めたい
でもFBS全体を傷めすぎたくない
というバランスの上にある条件です。
ただし、具体的な条件や手順はメーカーや製品によって異なる場合があります。
実際に使用する際は、使用しているFBSの添付文書やメーカーのプロトコルを確認してください。
「非働化」と「殺菌」は違う
初心者が混乱しやすい点ですが、FBS非働化は殺菌ではありません。
非働化は、主に補体などの働きを弱めるための処理です。
菌を殺したり、微生物を取り除いたりする目的の処理ではありません。
FBSはもともと、製造工程でろ過や品質管理を受けた製品として販売されています。
そのFBSを、実験目的に応じてさらに56℃で加温するのが非働化です。
つまり、
- 殺菌:菌を殺す目的
- 滅菌:微生物を限りなくなくす目的
- 非働化:補体などの働きを弱める目的
です。
FBS非働化は、FBSを「きれいにする処理」ではなく、
あくまで、実験に影響しうる成分の働きを弱める処理です。
FBS非働化が必要になる場面
FBS非働化は、特に免疫系の実験で使われることがあります。
たとえば、
- リンパ球などの免疫細胞を扱う実験
- 補体の影響を避けたい実験
- 細胞傷害や免疫反応を評価する実験
- 一部のウイルス関連実験
- FACSや細胞刺激実験の前処理で、補体の影響を減らしたい場合
などです。
一方で、一般的な細胞培養では、必ずしも非働化FBSが必要とは限りません。
むしろ、不要な非働化によってFBSの性能が変わる可能性もあります。
そのため、使用するFBSを非働化するかどうかは、
実験系・細胞種・施設のルール・過去データに合わせて判断します。
「昔からそうしているから」という理由で使われていることもありますが、本来は、その実験で補体の影響を避けたいのかを考える必要があります。
FBS非働化の基本的な流れ
FBS非働化は、一般的には次のような流れで行います。
1. FBSを完全に融解する
凍結されたFBSを使う場合は、まず完全に融解します。
急いで高温で溶かすのではなく、前日から冷蔵庫に入れて、ゆっくり融解するとよいです。
このとき、部分的に凍ったまま非働化しないようにします。
FBSが完全に融解していない状態や、よく混ざっていない状態で加温すると、温度ムラができやすくなります。
非働化前には、完全に融解したことを確認し、泡立てないようにやさしく混和してから加温します。
2. 56℃のウォーターバスに入れる
FBSを56℃のウォーターバスに入れます。
このとき、FBSそのものの温度がすぐに56℃になるわけではありません。
ボトルの大きさやFBSの量によって、中身が温まるまでに時間がかかります。
そのため、施設によっては、FBSと同じくらいの量の水を入れたコントロールボトルを用意し、その中に温度計を入れて実際の温度を確認することがあります。
その場合、FBSとコントロールボトルの水の温度は同じくらいにします。
3. 56℃に達してから30分加温する
FBSが56℃付近に達したら、そこから30分加温します。
ここで大事なのは、「ウォーターバスに入れてから30分」なのか、「FBSが56℃に達してから30分」なのかを施設内で統一しておくことです。
特に、量が多いボトルでは中身が温まるまで時間がかかります。
厳密に管理する場合は、コントロールボトルで温度を確認してからタイマーを開始します。
4. ときどきゆっくり混ぜる
加温中は、ボトルをときどきゆっくり混ぜます。
これは、温度ムラを減らすためです。
ただし、激しく振る必要はありません。
FBSはたんぱく質を含む試料なので、強く振りすぎると泡立ちや変性の原因になることがあります。
ゆっくり反転する、軽く揺らす程度で十分です。
5. 終了後はすみやかに冷却する
30分の加温が終わったら、ウォーターバスから取り出し、すみやかに冷却します。
長時間温かいまま放置すると、余計な加熱が続いてしまいます。
その後、必要に応じて使いやすい量に分注し、保存します。
非働化するときの注意点
FBS非働化では、温度・時間・容器・清潔操作に注意します。
温度を上げすぎない
FBS非働化では、温度管理がとても大事です。
56℃を大きく超えると、補体だけでなく、FBS中の他のたんぱく質や成長因子にも影響が出る可能性があります。
加温しすぎると、FBSが濁ったり、沈殿が増えたり、場合によってはゲル状になって使えなくなることもあります。
非働化は、やればやるほど良い処理ではありません。
30分を超えて加温しすぎない
「非働化が不十分だと困るから、長めに温めよう」と考えたくなるかもしれません。
しかし、長く温めればよいわけではありません。
FBSは細胞に必要な成分を含む試薬です。
加温しすぎると、その成分にも影響が出ます。
そのため、基本は決められた条件で行います。
ウォーターバスの表示温度だけを信用しすぎない
ウォーターバスの表示温度が56℃でも、FBSの中身がすぐに56℃になるわけではありません。
また、温度計によって表示がずれていることもあります。
実験室では、温度計同士の値が違うことも珍しくありません。
だからこそ、必要に応じてコントロールボトルを使い、実際に中身がどのくらいの温度になっているか確認します。
ここは地味ですが、再現性に関わる大事なポイントです。
コントロールボトルは材質・形・容量をそろえる
コントロールボトルを使う場合は、FBS本体の条件にできるだけ近づけます。
たとえば、FBS本体がプラスチックボトルに入っているのに、コントロールだけガラス瓶にすると、温まり方が変わる可能性があります。
ガラスとプラスチックでは、熱の伝わり方が違うためです。
また、ボトルの大きさや形、入っている液量が違っても、温まり方は変わります。
そのため、コントロールボトルを使う場合は、
- 材質
- 容量
- 形
- 液量
- ふたの状態
- ウォーターバス内での位置
を、できるだけFBS本体とそろえることが大切です。
コントロールボトルによってFBS本体の温まり方をできるだけ再現します。
加温中はふたや水の混入に注意する
ウォーターバスを使う場合、ボトルのふた付近に水がつくことがあります。
非働化後に分注する場合は、外側をよく拭き、清潔操作に注意します。
特にクリーンベンチや安全キャビネット内に持ち込む前には、ボトル外側の水分や汚れを拭き取ることが大切です。
FBSそのものを汚染しないように、非働化後の取り扱いも丁寧に行います。
非働化後は清潔操作で小分け保存すると使いやすい
非働化したFBSを何度も凍結融解すると、成分が変化する可能性があります。
そのため、よく使う量に分注して保存しておくと便利です。
無菌的に使うFBSは、クリーンベンチや安全キャビネット内で、清潔操作により分注します。
分注前にはボトルの外側の水分を拭き取り、必要に応じて表面を消毒してから作業します。
たとえば、50 mL、10 mL、5 mLなど、実験で使いやすい量に分けておくと、余計な凍結融解を減らせます。
分注後は、ロット番号、非働化日、分注日、保存条件などを記録しておくと、後から条件を確認しやすくなります。
非働化できたかどうかは見た目ではわかりにくい
FBSを56℃30分で加温しても、見た目だけで「補体がちゃんと非働化された」と判断することは難しいです。
色が少し変わったり、沈殿が出たりすることはありますが、それだけで非働化の成否を判断することはできません。
自分たちの施設で非働化する場合は、
- 温度
- 時間
- 混和
- ロット
- 分注
- 保存条件
を記録し、同じ条件で再現できるようにすることが大切です。
また、メーカー品として販売されている非働化済みFBSを使う方法もあります。
FACS前処理でFBSを使う場合の考え方
FACSの前処理では、washing bufferやstaining bufferにFBSを加えることがあります。
この場合のFBSは、細胞を元気に増やすためというより、細胞の状態を安定させたり、非特異的な吸着を減らしたりする目的で使われることがあります。
免疫細胞を扱う場合、補体の影響を避けたいという理由で、非働化FBSを使う施設もあります。
ただし、FACSで使うFBSが必ず非働化でなければならない、というわけではありません。
ここも実験系や施設のルールによります。
大事なのは、
- なぜそのFBSを使うのか
- なぜ非働化しているのか
- 非働化FBSと未処理FBSを混ぜて使っていないか
を意識することです。
まとめ
FBS非働化とは、FBSを56℃で30分ほど加温し、補体などの熱に弱い成分の働きを弱める処理です。
FBSはウシ胎児血清のことで、細胞培養や免疫細胞の実験でよく使われます。
FBSには細胞の増殖や生存を助ける成分が含まれていますが、ロット差があり、実験結果に影響することもあります。
また、FBSは牛の胎児由来の血清であるため、その由来や倫理面についても理解して使う必要があります。
非働化でよく使われる条件は56℃30分です。
これは、補体を弱めつつ、FBS全体を傷めすぎないための条件です。
ただし、非働化はすべての実験に必須ではありません。
必要かどうかは、実験系・細胞種・施設のルール・過去データに合わせて判断します。
FBS非働化で大切なのは、温度、時間、混和、容器、保存条件を管理することです。
なんとなく行う作業ではなく、実験結果の再現性に関わる大切な前処理として扱うことが大切です。
参考資料について
本記事では、FBSの非働化について、一般的な実験室で使われる考え方をもとに解説しています。
実際の条件や取り扱いは、使用するFBSのメーカー、ロット、施設のルールによって異なる場合があります。
FBSを使用する際は、必ず製品添付文書やメーカーのプロトコルを確認してください。
