フローサイトメトリーの「陰性」とは?蛍光陰性でも細胞が表示される理由【初心者向け】

フローサイトメトリー

はじめに|蛍光陰性なのに、なぜ細胞が表示されるの?

フローサイトメトリー(Flow Cytometry)では、蛍光標識抗体を細胞に結合させ、レーザー光を当てることで、細胞表面などの分子を調べます。

私は初めてフローサイトメトリーを勉強したとき、蛍光標識抗体が結合した細胞だけが、測定結果に表示されると思っていました。

例えば、CD3とCD19の2種類の抗体を使って測定した場合、

  • CD3陽性(CD3+)のT細胞
  • CD19陽性(CD19+)のB細胞

この2つの集団が検出されるのだと考えていたのです。

ところが、実際のドットプロットには、CD3陰性・CD19陰性(CD3−CD19−)の細胞集団も表示されています。

ネガなのに、ネガじゃない…??

フローサイトメーターは、抗体に結合した蛍光色素からの光だけでなく、細胞にレーザー光を当てたときに生じる散乱光も検出しています。

血液中にはT細胞やB細胞以外にも、NK細胞や単球、顆粒球など、さまざまな細胞が含まれています。

そのため、CD3やCD19に対する蛍光標識抗体が結合していない細胞でも、測定条件を満たせば検出され、ドットプロットに表示されます。

また、細胞には自家蛍光(Autofluorescence)があるため、目的の抗体が結合していなくても、蛍光シグナルが完全にゼロになるとは限りません。

つまり、「蛍光陰性」と「細胞が検出されない」は、まったく別の意味なのです。

この記事では、フローサイトメトリーで陰性細胞が表示される仕組みを整理しながら、陽性・陰性の意味やドットプロットの読み方を解説します。

※FSC・SSCの基本原理やゲーティングについては、こちらの記事で解説しています。
👉フローサイトメトリー入門②FSC・SSC・ゲーティングをやさしく解説【図解】

蛍光陰性の細胞も測定されている

フローサイトメーターは、細胞がレーザーの照射位置を通過したときに発生する光の信号を検出します。

このとき取得される情報には、大きく分けて次の2種類があります。

測定する光主な役割
散乱光(FSC・SSC)細胞の大きさや内部構造に関連する情報を得る
蛍光(FITC・PEなど)蛍光標識抗体などを利用して、目的の分子の有無や発現量に関する情報を得る

※FITCやPEは蛍光色素の名前です。フローサイトメトリーでは、これらの蛍光色素を結合させた抗体(蛍光標識抗体)を使って、目的の分子を調べます。

ここで重要なのは、散乱光と蛍光は異なる種類の信号であるということです。

例えば、CD3を持たない細胞には、CD3を調べるための蛍光標識抗体は基本的に結合しません。

しかし、その細胞もレーザー光を散乱させます。

閾値(しきい値・Threshold)とは?

フローサイトメーターは、検出した光の信号をすべて記録しているわけではありません。

細胞の破片(デブリ)や測定時のノイズなど、解析に必要のない信号まで記録してしまうと、不要なイベントが増え、解析にも影響するためです。

そこで、装置には「これ以上の強さの信号が出たら記録する」という基準が設定されています。

この基準を閾値(しきい値・Threshold:スレッショルド)と呼びます。

例えば、FSCを基準にしている場合、FSCの信号が設定したしきい値を超えると、装置はその信号を記録する対象として認識します。

イベント(Event)とは?

フローサイトメトリーでは、装置が検出して記録した一つひとつの測定対象をイベント(Event)と呼びます。

通常、細胞が1個ずつ流れていれば、1個の細胞が1イベントに相当します。

ただし、細胞の破片や、複数の細胞がくっついたものも、イベントとして記録される場合があります。

そのため、厳密には「1イベント=必ず1個の細胞」というわけではありません。

装置は、記録したイベントごとに、FSC・SSCや各蛍光チャンネルの信号を取得します。

つまり、CD3の蛍光が弱くても、FSCなどの信号が閾値を超えていれば、その細胞はイベントとして記録されるのです。

そのため、CD3陰性の細胞もドットプロットに表示されます。

「CD3陰性」と「細胞が検出されない」は、まったく別の意味です。

フローサイトメトリーの「陰性」とは?

では、フローサイトメトリーでいう「陰性」とは、具体的にどのような状態なのでしょうか。

例えば、CD3に対する蛍光標識抗体を使って染色した場合を考えてみましょう。

CD3を発現している細胞では、抗体が結合し、対応する蛍光シグナルが検出されます。

一方、CD3を持たない細胞には、CD3に対する抗体が基本的に結合しないため、抗体に由来する蛍光はほとんど検出されません。

ただし、この場合も自家蛍光や非特異的結合による背景蛍光は生じ得ます。

この蛍光強度の違いを利用して、CD3陽性とCD3陰性を分類します。

つまり、陰性とは蛍光強度が完全にゼロという意味ではありません。

フローサイトメトリーでは、設定した陽性判定の基準より蛍光強度が低い細胞を「陰性」と判断します。

ヒストグラムの10¹や10³は何を表している?

フローサイトメトリーでは、細胞ごとの蛍光強度をヒストグラムで確認することがあります。

ヒストグラムの横軸は蛍光強度、縦軸はイベント数を表しています。

横軸に表示される10¹や10³は細胞数ではなく、蛍光強度の目盛りです。
例えば、10¹は10、10³は1,000を意味します。

山が右側にあるほど蛍光が強く、山が高いほど、その蛍光強度を示すイベントが多いことを意味します。

つまり、このグラフは「どのくらいの蛍光強度を持つ細胞が、どのくらい存在するのか」を示しています。

陰性細胞でも蛍光が検出される理由

代表的な原因には、次のようなものがあります。

① 自家蛍光(Autofluorescence)

細胞自体が持つ物質によって生じる蛍光です。

細胞内のNADHやフラビン類などが自家蛍光の原因になることがあります。

そのため、蛍光標識抗体を使用していなくても、細胞から蛍光が検出される場合があります。

② 非特異的結合

抗体が目的の抗原以外に結合することがあります。また、一部の細胞には、抗体の目的とは異なる部分(Fc部分)を結合する仕組みがあり、これによっても背景の蛍光が生じることがあります。

③ 蛍光スペクトルの重なり

複数の蛍光色素を使用すると、ある色素の蛍光が別の検出器にも入り込むことがあります。この現象をスピルオーバー(Spillover)と呼びます。

蛍光の重なりによる影響は補正できますが、補正後も測定値のばらつきが残ることがあります。

このように、陰性集団にも一定の背景シグナルが存在します。

したがって、フローサイトメトリーでは、蛍光強度をもとに陽性と陰性の境界を設定する必要があります。

陽性と陰性はどうやって区別する?

フローサイトメトリーでは、蛍光の強さをもとに、陽性細胞と陰性細胞を分類します。

例えば、CD3の蛍光が弱い細胞をCD3陰性、強い細胞をCD3陽性として区別します。

しかし、実際の測定では、陽性細胞と陰性細胞がきれいに分かれるとは限りません。

蛍光の強さが重なってしまい、どこから陽性と判断すればよいのか迷う場合もあります。

そこで、陽性と陰性を区別するための境界を設定します。

この境界を決める際には、抗体を加えていない試料や、比較の基準となる試料(コントロール)などを参考にします。

ただし、どのようなコントロールを使うか、どこに境界を設定するかは、実験の目的や測定する項目によって異なります。

つまり、フローサイトメトリーの「陰性」とは、蛍光がまったく検出されない細胞ではなく、設定した基準よりも蛍光が弱い細胞を指します。

陽性・陰性の判定に使われるコントロール

実験目的に応じて、次のようなコントロールが利用されます。

コントロール主な目的
未染色コントロール細胞の自家蛍光や背景シグナルを確認する
FMOコントロール他の蛍光色素による広がりを考慮し、陽性判定の境界設定に役立てる
アイソタイプコントロール条件に応じて、抗体の非特異的結合などを評価する

FMO(Fluorescence Minus One)コントロールとは、調べたい蛍光色素で標識された抗体を1種類だけ除き、それ以外の抗体を加えて染色したものです。

例えば、CD4の陽性・陰性の境界を確認したい場合、CD4抗体だけを除いたFMOコントロールを使用します。

これにより、ほかの蛍光色素からの影響を含めた背景の広がりを確認できます。

ただし、すべての測定でこれらのコントロールを毎回使用するわけではありません。必要なコントロールは、測定目的やパネル構成によって異なります。

CD3陰性・CD19陰性の細胞は何者?

ここからは、実際のドットプロットを例に考えてみましょう。

CD3とCD19は、リンパ球の分類でよく使われるマーカーです。

  • CD3:主にT細胞を識別するマーカー
  • CD19:B細胞を識別するマーカー

横軸をCD3、縦軸をCD19としたドットプロットでは、細胞を4つの領域に分類できます。

ここで注目したいのが、左下のCD3陰性・CD19陰性の集団です。

CD3もCD19も陰性だからといって、何も存在しないわけではありません。

この領域には、T細胞やB細胞以外の細胞が含まれています。

例えば、リンパ球ゲート内であれば、NK細胞が候補になります。

ただし、CD3とCD19の情報だけでは、NK細胞であると確定できません。

そこで、CD16やCD56などのマーカーを組み合わせて、さらに詳しく調べます。

つまり、あるマーカーが陰性であるという情報も、細胞を分類するための重要な手がかりになるのです。

同じ「陰性」でも、親ゲートによって意味が変わる

フローサイトメトリーでは、ドットプロットを見るときに、もう一つ重要なポイントがあります。

それが、どの細胞集団を対象として表示しているのかということです。

例えば、CD4とCD8のドットプロットを考えてみましょう。

CD4は主にヘルパーT細胞、CD8は主に細胞傷害性T細胞の分類に使われます。

このとき、CD4陰性・CD8陰性の領域には、どのような細胞が含まれるでしょうか。

実は、解析対象となる親ゲートによって答えが変わります。

リンパ球全体を解析している場合

ここでは、リンパ球ゲートからCD3陽性細胞を選別せず、そのままCD4とCD8を表示した場合を考えます。

リンパ球全体からCD4/CD8を表示すると、CD4陰性・CD8陰性の領域には、B細胞やNK細胞なども含まれます。

これらの細胞の多くは、通常、CD4もCD8も陰性として検出されるためです。

CD3陽性T細胞だけを解析している場合

一方、CD3陽性T細胞だけを選択してからCD4/CD8を表示すると、状況が変わります。

この場合、通常のB細胞やNK細胞は、CD3陽性ゲートの段階で除外されています。

そのため、CD4陰性・CD8陰性の領域には、CD4もCD8も発現していないT細胞などが含まれます。

CD3陽性T細胞のうち、CD4もCD8も陰性の細胞は、広い意味でダブルネガティブT細胞(Double Negative T cells:DNT)と呼ばれます。

代表的なものには、一部のγδT細胞や、CD4/CD8両陰性のαβT細胞があります。

ただし、CD4とCD8の結果だけで、これらの細胞種を確定することはできません。

親ゲートを確認することが重要

このように、同じCD4陰性・CD8陰性という結果でも、解析対象が異なれば意味が変わります。

親ゲートCD4− CD8−に含まれる主な細胞
リンパ球全体B細胞、NK細胞、一部のT細胞など
CD3陽性T細胞CD4/CD8両陰性T細胞など

フローサイトメトリーでは、目的の細胞集団を段階的に絞り込んで解析します。

そのため、ドットプロットを見るときは、「このプロットの親ゲートは何か?」を確認することが大切です。

また、プロットに表示される割合は、どの集団を分母として計算しているかにも注意が必要です。例えば、% of Parentでは、親ゲートに含まれるイベント数を分母として計算します。

例えば、CD3陽性T細胞の中でCD4陽性が60%だったとしても、それはリンパ球全体の60%がCD4陽性であるという意味ではありません。

割合を読むときにも、親ゲートの確認が欠かせません。

まとめ|陰性は「何もない」という意味ではない

フローサイトメトリーにおける「陰性」とは、対象とするマーカーの蛍光シグナルが、設定した陽性判定の境界より低いことを意味します。

細胞が存在しない、あるいは装置に検出されなかったという意味ではありません。

今回のポイントを整理します。

  • 蛍光陰性の細胞でも、測定条件を満たせばイベントとして記録される。
  • 陰性細胞でも、自家蛍光や非特異的結合などによって背景シグナルが生じる。
  • 陽性と陰性は、蛍光強度と適切なコントロールなどをもとに区別する。
  • リンパ球ゲート内ではCD3陰性・CD19陰性の領域にも、NK細胞などが含まれる。
  • 同じ陰性集団でも、親ゲートによって含まれる細胞の種類が変わる。
  • ドットプロットの割合を読むときは、何を分母としているかを確認する。

フローサイトメトリーでは、陽性の情報だけでなく、陰性の情報も細胞の分類に役立ちます。

「陰性だから何もない」のではなく、「そのマーカーの蛍光が陽性判定の基準に達していない細胞も、そこに存在している」と考えることが重要です。

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