■ なぜ花粉症は治りにくいのか?
第6回では、
子どもの食物アレルギーは改善することがあるのに、
花粉症は治りにくい、というお話をしました。
その違いはどこにあるのでしょうか。
■ 花粉症が治りにくい理由
大きな理由のひとつは、
毎年、少量の花粉に繰り返し曝露されることです。
食物アレルギーや蜂毒アレルギーでは、
アレルゲンが一度に大量に体内へ入ることで、
全身性の反応(アナフィラキシー)が起こることがあります。
一方、花粉は主に鼻や目の粘膜から侵入します。
吸入量は少量ですが、
- 長期間
- 毎年反復して
曝露されるのが特徴です。
その結果、
IgEを介した局所炎症が慢性的に続き、
免疫が「花粉=敵」という状態を維持しやすくなります。
花粉症は、
急激な反応というよりも、持続する炎症反応といえます。
食物アレルギーでは、
腸管免疫の成熟や免疫寛容の成立により、
抗原に対する過剰反応が弱まることがあります。
しかし花粉は、
毎年繰り返し体内へ入ってくるため、
免疫が「敵ではない」と再構築される機会が少ない。
これが、花粉症が慢性化しやすい理由のひとつです。
■ 舌下免疫療法(SLIT)とは何か?
そこで注目されているのが
**舌下免疫療法(Sublingual Immunotherapy:SLIT)**です。
舌の下に、微量のスギ花粉抗原を含む薬剤を毎日投与します。
これは、
少量のアレルゲンを計画的に提示し、免疫応答を再教育する治療
です。
■ 抗アレルギー薬との違い
抗ヒスタミン薬は、
放出されたヒスタミンが受容体に結合するのを防ぐ
いわば「症状を抑える治療」です。
一方、SLITは
- IgE反応を弱める
- IgG4(ブロッキング抗体)を増やす
- 制御性T細胞(Treg)を誘導する
ことで、
免疫バランスそのものを変える治療です。
■ 実際の治療
- 5歳以上から適応
- 保険適用あり
- 治療期間は3〜5年
- 毎日の継続が必要
効果が得られれば、
花粉シーズンのQOLは大きく改善します。
■ 注意点
舌下免疫療法(SLIT)には、いくつかの注意点があります。
- 重度の喘息や自己免疫疾患がある場合は、専門医の判断が必要
- アレルゲンを投与する治療のため、まれに全身反応が起こる可能性がある
- 花粉シーズン中には治療を開始できない
- 治療は3〜5年と長期にわたり、毎日の継続が前提となる
- 免疫調整効果には個人差がある
さらに重要なのは、
原因アレルゲンが特定されている場合にのみ有効であるという点です。
例えば、
スギ特異的IgEが陽性であれば、
スギに対する舌下免疫療法を行うことができます。
しかし、
花粉症様の症状があっても、
原因がスギ以外(ヒノキ、イネ科、ブタクサなど)であれば、
スギの舌下免疫療法では十分な効果は期待できません。
舌下免疫療法は、
「何に反応しているのか」を明確にしたうえで行う治療です。
また、スギ花粉症の場合、花粉飛散期に新しく治療を開始することはできません。
花粉が飛んでいる時期はすでにアレルギー反応が起きやすい状態になっているため、副反応が強く出る可能性があるからです。
そのため、スギ花粉の舌下免疫療法は花粉シーズン終了後の5〜6月頃から開始することが一般的です。
なお、豆知識ですが、ダニは通年開始可能です。
■ SLITは免疫の何を変えているのか?
SLITは単なる「慣れ」ではありません。
免疫学的には、
Th2優位の状態を是正し、寛容優位へ再構築する治療です。
いわば、花粉に対して過剰に反応している免疫を、
必要以上に攻撃しない方向へ再教育する治療なのです。
① 舌下は免疫調整に適した環境
舌下には樹状細胞が豊富で、
アレルギー反応のブレーキ役であるTreg誘導が起こりやすい環境があります。
微量抗原を繰り返し提示することで、
炎症型ではなく調整型応答が誘導されます。
② Th2優位を弱める
IL-4、IL-5、IL-13といった
Th2サイトカイン応答が徐々に低下し、
- IgE産生が減少
- 好酸球性炎症が軽減
します。
③ Tregが増加する
TregはIL-10やTGF-βを分泌し、
過剰な免疫反応にブレーキをかけます。
これにより、
「花粉=敵」という過剰な認識が修正されます。
④ IgG4が増える
SLITでは、
花粉特異的IgG4が増加します。
IgG4は抗原を先に捕まえることで、
IgEによる架橋を防ぎます。
これが「ブロッキング抗体」と呼ばれる理由です。
■ なぜ3〜5年必要なのか?
免疫記憶はすぐには消えません。
長期間抗原を提示することで、
攻撃優位の記憶に
抑制優位の記憶を重ねていく必要があります。
📌 ミニコラム:IgG4とは?
IgGにはIgG1~4まで、4つのサブクラスがあります。
そして、IgG4はIgGの4つのサブクラスのひとつです。
IgG1やIgG3が炎症を強く引き起こすのに対し、
IgG4は補体をほとんど活性化せず、炎症を起こしにくい抗体です。
さらにIgG4は
Fab-arm exchange
という性質を持ち、
抗原を架橋しにくい構造をとります。
そのため、
慢性的な抗原曝露下で
炎症を抑える方向に働く抗体と考えられています。
SLITでIgG4が増加することは、
体質が“攻撃型”から“調整型”へ移行している指標のひとつとされています。
■ まとめ
舌下免疫療法は、
症状を抑える治療ではなく、
- Th2優位を修正
- Tregを増やす
- IgE反応を弱める
- IgG4を増やす
つまり、
免疫のアクセルを少し緩め、ブレーキを強めることで、
過剰な反応を起こさない体質へ再教育する治療です。
