以前、会社の先輩から
「麦茶パックを入れっぱなしにすると菌数が増えるよ」と言われたことがあります。
当時は半信半疑でしたが、実際に私も経験しました。
麦茶パックを入れたまま冷蔵庫で保管していたところ、数日後に“雑巾のような臭い”がしたのです。
きちんと冷蔵庫に入れていたにもかかわらず。
今日はこの素朴な疑問を、微生物学と食品衛生の視点から解説します。
- 水出しとお湯出し、どちらが安全?
- 何日で飲み切るべき?
- 「菌数が増える」とはどういうこと?
一緒に整理してみましょう。
■ 結論:安全な麦茶の作り方
✅ 煮出し → 速やかに冷却 → パックは取り出す
理由は3つです。
・加熱で初期菌数を減らせる
・抽出中の増殖リスクを下げられる
・パックを除去することで菌の栄養源を減らせる
■ 水出し vs お湯出し
| 項目 | 水出し | お湯出し |
|---|---|---|
| 初期菌のリセット | ❌ できない | ✅ ある程度可能 |
| 抽出時間 | 長い | 短い |
| 増殖リスク | やや高い | 低め |
| 安全性 | 注意が必要 | より安全 |
麦茶パックは無菌ではありません。
焙煎で菌は減っていますが、ゼロではありません。
水出しでは
・常温
・長時間浸漬
・加熱なし
という条件がそろい、微生物にとって好環境になります。
■ 「菌数が増える」とは?
例えば、最初に100個/mLの菌がいたとします。
条件が良ければ、
100 → 200 → 400 → 800 → 1600 …
と指数関数的に増えます。
これを**対数増殖(指数増殖)**といいます。
冷蔵庫では増殖速度は落ちますが、ゼロにはなりません。
■ 増殖曲線で見る麦茶の変化
細菌の増え方にはパターンがあります。
① ラグ期(準備期間)
② 対数増殖期
③ 定常期
④ 死滅期

臭いが出やすいのは
👉 対数増殖後期〜定常期
この時期に代謝産物が蓄積するためです。
つまり、
見た目が透明でも、内部では増殖が進んでいる可能性があります。
■ 雑巾臭が出る菌数の目安
明確な基準はありませんが、経験的には
👉 10⁶~10⁷ CFU/mL
(100万~1000万個/mL)
程度になると、
・異臭
・濁り
・風味変化
が出やすくなります。
■ CFUとは?
CFU(Colony Forming Unit)は
「コロニーを形成できる菌の単位」です。
10⁶ CFU/mLとは、
1mL中に100万個の“増殖可能な菌”が存在するという意味です。
■ どんな菌が増えている?
主に考えられるのは環境由来の一般生菌です。
● Pseudomonas(シュードモナス)
・冷蔵でも増殖可能(低温増殖菌)
・水環境を好む
・雑巾臭の原因になりやすい
冷蔵保存中の主役はこの菌群の可能性が高いです。
● Bacillus(芽胞形成菌)
・穀物由来
・芽胞は加熱に強い
煮出しても芽胞が残ることがあります。
シュードモナスは麦特有の菌というより、水や台所環境に広く存在する環境菌です。
麦茶で増殖する場合、多くは抽出後の環境から混入した菌が増えていると考えられます。
ここでいう環境とは、容器、水道水、空気、手指等の可能性を指します。
■ なぜパックを入れっぱなしにしてはいけない?
理由は3つ。
① 栄養が供給され続ける
パックから微量糖・アミノ酸などが溶出し、
菌のエサになります。
つまり「培地」を作っている状態。
② バイオフィルムが形成されやすい
バイオフィルムとは、微生物が表面に付着し、粘性の膜を作って集団生活する状態のこと。
台所のぬめりと同じです。
パックの繊維は表面積が大きく、
菌の住みかになりやすいのです。
③ 酸素が供給される
パックの水面付近では
好気性菌(例:Pseudomonas)が増えやすくなります。
つまり、 「パックが入ったから傷んだ」というより、
“パックを入れっぱなしにすることで、菌が増えやすい環境になった”可能性が高い
ということです。
■ 雑巾臭の正体
臭いは菌そのものではなく、
菌の代謝産物です。いわば菌のうんちです。
・ジオスミン
・アルデヒド類
・揮発性脂肪酸
人間はジオスミンを
10 ng/L程度の微量でも感知できます。
■ 菌が増える=食中毒?
ここは重要です。
一般生菌が増えることと、
食中毒菌が存在することは別問題です。
多くの環境菌は、増えても必ずしも食中毒を起こすわけではありません。
ただし、
「菌が増えられる環境がある」
ということ自体が衛生管理上のサインになります。
■ 何日で飲み切る?
✅ 理想:24時間以内
⚠ 目安:2日以内
❌ 3日以上は避けたい
子どもや高齢者がいる家庭では短めがおすすめです。
■ 正しい作り方まとめ
① 容器を洗浄・乾燥
② 沸騰水で煮出す
③ 速やかに冷却
④ パックは取り出す
⑤ 1~2日以内に飲み切る
少量を濃いめに抽出し、
すぐ冷却して1日で飲み切る方法が実用的です。
コラム:じゃあペットボトルの麦茶はなぜ腐らないの?
ここまで読むと、こんな疑問が出てきませんか?
「じゃあ市販の麦茶はなぜ常温で腐らないの?」
実は、家庭で作る麦茶とメーカーの麦茶は、衛生管理レベルがまったく違います。
市販の麦茶は、
- 高温で殺菌
- ボトルも殺菌
- 無菌状態で充填(アセプティック充填)
- 密封
という工程を経ています。
つまり、
👉 ほぼ“無菌状態”で封じ込められているのです。
保存料がたくさん入っているわけではありません。
微生物を入れない設計になっているのです。
一方、家庭で作る麦茶は
・空気に触れる
・容器に触れる
・手が触れる
・完全な無菌環境ではない
という違いがあります。
冷蔵庫は「増殖を止める装置」ではなく、
「増殖を遅らせる装置」。
ここが大きな差です。
※なお、市販品も開封後は家庭麦茶と同じ条件になるため、冷蔵保存・早めに消費が必要です。
■ 最後に
冷蔵庫は「無菌室」ではありません。
増殖を止める装置ではなく、遅らせる装置です。
麦茶は私たちにとって身近な飲み物ですが、
そこにも微生物の世界が広がっています。
少し暖かくなってきました。
今年の麦茶作りは、ぜひ微生物学の視点も思い出してみてください。
