カシューナッツが特定原材料へ― 表示1品目増えると現場で何が起きるのか?

品質管理

食物アレルギーは、特定のタンパク質に対して免疫系が過剰反応する現象です。
症状は皮膚症状から呼吸困難、血圧低下まで幅広く、重篤な場合はアナフィラキシーショックに至ることがあります。

特定原材料が厳格に管理されるのは、この「重篤化の可能性」があるためです。

そして、2026年4月から、カシューナッツが特定原材料として義務表示の対象になります。

「表示がひとつ増えるだけ」

そう思われるかもしれません。

しかし、食品表示のわずか1行は、
臨床データ、リスク評価、そして検査現場の積み重ねの上に成り立っています。

今日は制度の背景とともに、その裏側で何が起きているのかを整理します。

なぜ特定原材料は見直されるのか?

特定原材料は固定されたリストではありません。

消費者庁は、

  • 全国の即時型食物アレルギー症例調査
  • 医療機関からのアナフィラキシー報告
  • 重症度
  • 摂取頻度・流通量

といった疫学データをもとに、数年単位で評価・見直しを行っています。

判断基準は単純な「患者数」ではありません。

重要なのは、

  • 発症頻度
  • 重篤度
  • 社会的影響

の総合評価です。

つまり、

「曝露 × 重症度 × 流通状況」

で決まると言えます。

カシューナッツは、近年の症例増加と重篤例の一定割合を背景に、義務表示対象へ追加されました。

なぜナッツ類が増えているのか?

近年、ナッツ類の摂取機会は増えています。

背景として考えられるのは、

  • エスニック料理の普及
  • 植物性原料の利用拡大
  • ナッツペーストを用いた加工食品の増加
  • ピスタチオスイーツや高級チョコレートの流行

食環境が変化すれば曝露も増えます。

曝露が増えれば、アレルギー症例も顕在化しやすくなります。

特定原材料の見直しは、こうした社会環境の変化と臨床データを反映したものです。

表示が1品目増えると、現場で起きること

ここからがあまり語られない部分です。

① 原料規格書の再点検

  • 仕入先への再確認
  • 原材料データベースの修正
  • 配合履歴の確認

② 製造ラインのリスク再評価

  • 共通ラインの有無
  • 洗浄バリデーション
  • 交差接触リスクの見直し

③ 分析体制の拡張

  • ELISAキット導入
  • 感度・特異性の確認
  • 社内検証

表示の変更は、検査体制の再設計を意味します。

ELISAに必ず付きまとう「交差反応」

アレルゲン検査で広く用いられるELISA法。

しかしこの方法には、本質的な課題があります。

それが「交差反応」です。

ELISAは、抗体が特定のエピトープ(抗原決定基)を認識する性質を利用します。

しかし、構造が類似したタンパク質が存在すると、本来の目的物質でなくても反応することがあります。

これが偽陽性です。

カシューナッツとピスタチオ

カシューナッツとピスタチオは同じウルシ科に属します。

そのため、タンパク質構造に類似性があり、抗体によっては区別が難しい場合があります。

もしELISAで陽性が出たとしても、

  • 本当にカシューナッツ由来なのか
  • ピスタチオ由来なのか
  • 微量の交差接触なのか

単純には判断できないケースがあります。

品質管理の現場では、

「陽性=即コンタミ」

とは限りません。

検査結果は“答え”ではなく、解釈すべき“情報”なのです。

なぜ特性の異なる2種類のキットを用いるのか?

消費者庁の通知法では、特性の異なる2種類のELISA法で確認することが示されています。

これは、ELISAが持つ不確実性を補うためです。

キットごとに、

  • 抗体の種類(モノクローナル/ポリクローナル)
  • 認識エピトープ
  • 抽出特性

が異なります。

1種類だけでは、

  • 交差反応による偽陽性
  • 加工変性による偽陰性

のどちらかに偏る可能性があります。

異なる特性の分析系を組み合わせることで、
網羅性と特異性のバランスをとっているのです。

さらに確認検査が必要になる理由

ELISAはタンパク質を検出します。

しかし加工によりタンパク質は変性します。

そこで別角度から、DNA検査(PCR法)が用いられることがあります。

タンパク質検査 × 遺伝子検査

異なる原理を組み合わせることで、判断精度を高めます。

表示の信頼性は、単一の検査で担保されているわけではありません。

表示は「白黒」ではない

食品表示法で義務付けられているのは、

「特定原材料を含む場合は表示すること」

です。

義務なのは表示であって、
ELISAの実施そのものが法律で直接義務付けられているわけではありません。

また、コンタミネーションに関する注意喚起表示は任意表示です。

しかし、

  • 相当量の混入があった
  • 予見可能だった
  • 管理が不十分だった

と判断されれば、

「意図せぬ混入」では済みません。

混入が合理的に防止されていなかったと評価されれば、行政対応や回収につながる可能性があります。


食品表示は、単なる文字ではありません。

その裏側では、

  • 疫学データ
  • リスク評価
  • 交差反応
  • 検出限界
  • 加工影響

といった不確実性と向き合っています。
カシューナッツの義務化は、その積み重ねの一例なのです。

タイトルとURLをコピーしました